SIDE ローティ~死してなお、終わることなく~

 ローティは生きていた。


「あああああああああっ!!!」


 クルルの剣は、窓枠に食い込んでいた。

 肩に刃が食い込みはしたが、命のほうには届いていない。

 クルルは、辛そうな顔をする。


(もう一度、振り下ろさなければならんのか……)


 辛そうな騎士の肩を、魔法使いが叩いた。


「そこにいるソレは、もはや王子ではございません。

 あなたが切る必要も――その価値もないのではなくって?」


「痛いよぉ……。痛いよおぉ……」


 ローティは自身の咎も顧みず、傷口を押さえて泣きじゃくる。

 騎士はローティに、薬草の袋を投げつけた。


「王都へ出向き、犯罪者として裁きを受けろ。

 あるいは私たちと同じように、災厄と戦って死ね」


 騎士と魔法使いが、宿屋を出ていく。


  ◆


 街の外。

 避難が終わって人々がいなくなった、閑散とした空間。

 ローティは、肩を押さえて走っていた。


「チクショウ、チクショウ、チクショウ。あいつら何が『コイツは王子じゃない』だ」


 憎悪に顔をゆがませていたローティ。

 その顔が、醜悪な笑みに変わった。


「大規模モンスターハザードなら、ギルド員がこの街を焦土に変えるはずだ。

 ボクが出した報告書だって、完全な灰になる。

 証拠さえなければ、ボクを犯人になんてできない」


 だから逃げる。生き延びる。

 ローティの中にあるのは、そんなドス黒い感情だけであった。

 どうしてここまで醜い存在になれるのか。

 もはや自分でもわからなかった。


 門が近づいてきた。

 最後の民が批難した直後なのか、完全に開け放されている。

 遠目には、避難民の姿も見える。

 解放された門の姿が、自分の明るい未来に見えた。


「ボクは王子。未来のレイブレイド王なんだ……!」


 その時だった。

 逆さになったリスティの顔が、ローティの前に現れた。


「仕上がったわねぇ」


「うわっ!!」


 ローティは、尻餅をついた。

 謎の原理で逆さになっていた武道家のリスティが、普通の立ち位置になって地面へと降りる。


「色々と、仕込んだ甲斐があったわぁ」


 リスティは人差し指を唇に当て、妖艶な笑みを浮かべた。


「殺しておいてもらったほうが楽だったけど……。

 今のままでも、まぁ大丈夫ね」


「なななな、なんだよ! お前は!」


「フフフフ……」


 リスティは怪しげに笑うと、くるりと一回転した。

 姿形はそのままに、背中から翼が生えている。

 正体を現した彼女は、武器であるムチを持ってポーズを決めた。


「リストリラ=アクーア。

 ヴリトヴィリラ様にお仕えする五曜星の一角――水曜星のアクーアよん(はーと)」


 ふざけたようにキャピッと笑う。


「ヴリトヴィリラって、魔神王の……?!」

「さすがはヴリトヴィリラ様。人間界でも有名なのねぇ~~~」


「いつの間に入れ替わったんだ?!」

「最初からよ?」


「ウソを言うな!

 巡礼紀のパーティは、初代国王を模した勇者、騎士、平民、貴族が基本の形だ!

 そして平民は、選抜武道会で選ばれる!

 予選でも本戦でも、フェアを誓って聖水を飲み干す!」


「確かにゴクリと、飲んだわねぇ」

「あの聖水には、魔族を殺す効果があるんだ!」


「アタシは自分を、水のように変えれるの。

 姿や魔力はもちろんのこと、あなたたちが聖水と呼んでる腐れ水への耐性もマネできる、完璧複製〈パーフェクトコピー〉もあるのよんっ(はーと)」


(倒さなきゃ……!)


 ローティは、自身の剣に手をかける。

 しかし抜けない。


「手がっ、震えてっ……」


 アクーアのムチが飛ぶ。


「いたっ……!」


 鮮烈なる痛み。

 ローティは、剣から右手を離してしまった。

 ムチが飛ぶ。


「ひぎいっ、いたっ、ひぎいぃ!」


 ムチを受けたローティは、その場で地面に土下座した。


「お願いします……。許してください……。

 足でも靴でも、なんでも舐めます……!

 だからもう、痛いことしないで……!」


「聞き分けがいいわねぇ」


 アクーアは、にっこりと笑った。

 ローティを仰向けに起こし、馬乗りにまたがった。

 両手を持って地面に押し付け、地面から謎の草を生やして拘束。

 胸元の服を切り裂く。

 白い乳房をあらわになった。


「きゃああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 ローティは、悲鳴をあげた。

 しかし腕は拘束されてる。隠すこともできない。

 アクーアは、紫色で細長いクリスタルを取り出した。

 

「それではこれを、受け入れなさい?」


 辱めによる嗚咽を漏らすローティに、説明を続ける。


「ダークシードって言ってね。

 魔物や魔族の心臓に根を張って、覚醒レベルを強制的に引きあげるのよ」


 アクーアは、ローティの胸にダークシードをくっつけた。


「逆に人の体内に入ると、相手をただの魔物にするわ。

 このシードだと…………目玉と触手の醜い化け物――ビホルーダね」

「やだっ……!」

「大丈夫よ? 意識も見た目もメチャクチャになるけど、痛みも感じないバケモノになるから」


 約束通りねぇ。

 アクーアは酷薄な笑みを浮かべ、そんなことを言った。


「レイブレイド王にも、アタシがなってあげるから」


 石がめり込む。心臓に近づく。


「いやああああああああああああっ!!!」


 体内に入った禍々しい漆黒の石が、血に反応して本性を見せる。

 クモの足を彷彿とさせる八本の触手を生やして伸びて、少女の肢体に絡みつく。

 少女の心臓から血肉と魔力を残酷に吸い上げ太さを増して、彼女の口に入ってく。

 冒涜的に、うごめいていく。


「んぐっ、んっ、んううっ……」


 口の中を犯されて、全身を蹂躙されていく。

 人間としての記憶や意識が、黒いナニカに食われていく。


(いやっ、いやっ、いやあぁ……!)


 目から涙が溢れでる。


(たすけて……。だれか。

 ボクを……たすけて…………)


 初代勇者にして初代国王でもあるレイブレイドの末裔、王子ローティの周りには、たくさんの人がいた。

 

 忠義を誓う騎士がいた。

 貴族の役割として、王族を助ける魔法使いがいた。

 金銭で雇われただけの身でありながら、的確なアドバイスをくれる猫耳の美少女もいた。


 そして何より。

 どんな苦難も理不尽なほどの力で吹き飛ばしてくれる、人生の先輩がいた。

 ローティは、彼ら、彼女らとの縁を、自らの手で断ち切った。


 だから誰も助けてくれない。 

 醜いバケモノに変わり始める。

 黒い魔力が溢れ始める。

 悪しき魔族が植えつけた種は勇者の末裔と結合し、人類史でも数えるほどの怪物に進化しようとしていた。


「それじゃあそろそろ、『姿』をいただこうかしらねぇ」


 ローティに馬乗りになっていたアクーアが、水の魔力を高め始めた。

 半時間とかからないうちに、ローティの姿を真似するであろう。

 ローティの隣でローティの悪性を伸ばし続けた邪悪の化身が、人間界の地位と権力を手に入れようとしている。

 

 その時だった。

 超高速の人影が飛んできた。

 アクーアの顔面に膝蹴りを叩き込み、アクーアの顔をハネあげる。


「ガハッ……!」


 人影はさらに、鋭い足刀をアクーアに放った。

 アクーアは、腕をクロスさせて受け止める。

 十メートルほど吹き飛んだ。足を地面にズザザザザンッとこすらせて、かろうじて止まる。


「どこの誰だか知らないけど、随分なアイサツじゃない」


 その人影は、ほんのりとズレたことをポツりとつぶやく。


「今のは、こうげき………です。」


 ルールーだ。

 避難民の護衛をしていたルールーが、邪悪を感じて飛んできたのだ。

 強いがフリーダムすぎるキースラやブルースラに持ち場を任せ、放っておくと何があるかわからない邪悪の気配を討伐に来たわけである。


 この判断は正しかった。

 人類への悪意と、看破が容易ではない変身能力を兼ね備えている魔族アクーア。

 放っておけるはずがない。


 巨悪と対峙するルールーは、自身の背後の気配に気づいた。


「コロして……。おねがい。コロ……してえぇ…………」


 体の七割がバケモノと化しながら、かろうじて手を伸ばすローティだ。

 ルールーは、ローティを知らない。

 完全な赤の他人だ。

 しかし眼前のバケモノの醜悪さと、死を願うほどの絶望は痛いほどに伝わった。

 

 ザンッ。

 自身の手刀で、ローティの首を跳ね飛ばす。

 ローティは、最期に泣きながら言った。


「あり……がと…………」


 それはまともな礼も言えなかった王子が、生まれて初めて心からの『感謝』をした瞬間でもあった。

 だがそれは、あまりにも遅すぎた。

 自ら死を選ぶ程度では終わらない苦難が、人との縁を断ち切り続けてきた王子には待ち受けている。

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