第15話 瞬殺と一撃
モンスターハザードの、遥か後方。
みっつの影が、会話をしていた。
アクーアの仲間である、五曜星の三人だ。
端正な顔立ちをした、知的でメガネをかけた男。
【知略の木曜星】、リイベール=ウッド
燃えるような赤髪の、引き締まった体躯の男。
【暴火の火曜星】、ヴァンシード=フレイム
牡牛のようなツノがついたカブトを被り、漆黒の甲冑に身を包んだ人形。
【沈黙の黒曜星】、ボアロウ=ブラックドール
メガネをかけた男――【知略の木曜星】、ウッドが言った。
「アクーアが、襲撃を受けているようですね」
「俺たちのほうも、放っておけねぇやつらがいるようだが?」
フレイムは、スライたちを見ていた。
ウッドは、メガネのフレームを指で押さえた。
「我々の『計画』でもっとも重要なのは、強大なる勇者の血を持った王子を魔物に変えること。
しかしハザードの魔物を、減らされすぎるのも問題」
「どうすりゃいいってことだ?」
「あの三人の魔物退治を妨害しつつ、アクーアの援護にも向かう――ですね」
「なるほどなぁ」
【BлиRоониK】
黒曜星のブラックドールがくぐもった声を発する。
ヒトにはただの奇妙な音だが、五曜星の中では意味が通じる。
賛成を意味している音だ。
ウッドが指示を出すより早く、サイに向かって『発進』した。
「やれやれ」
ウッドはため息をつくと、フレイムに言った。
「あなたは、中央の男。
私は、魔術を使う奇妙な女を担当しましょう。
適当な妨害が終わったら、アクーアの救援に向かいます」
フレイムが、獰猛な笑みを浮かべた。
「倒しちまってもいいんだよなぁ?」
「倒せるものならそうですね」
ふたりは、背中の羽を広げて飛んだ。
◆
モンスターハザードの中央。
オレは魔物を蹴散らしていた。
今は敵も様子見なのか、強敵らしい強敵はいない。
30メートルの巨人もいたが、見かけ倒しだった。
(軽く蹴ったらすぐに死んだし、『Dランクにしては強い』とかその程度かな?)
そこはやっぱり、北の森のハザードだからだろう。
元になるモンスターが弱ければ、覚醒してもたかが知れてる。
(しかしオレの経験上、そろそろ群れの中堅ぐらいは出てくるはずだが……)
などと考えていると、そいつが空から降りてきた。
隕石のような衝撃の波が、びりびりと肌を刺す。
「いよぉ」
炎のように逆立った、赤髪の男。
今までの敵とは一線を画す、濃密な魔力。
「俺様は五曜星が一角、【暴火】のヴァンシード=フレイムだ」
男はゆるりと構えを見せた。
洗練された動きは、『武術』をたしなんでいることを想像させた。
「五曜星の『最強』として、燃えるような熱いバトルをしようじゃ――――」
とりあえず殴った。
フレイムは、かなりド派手に吹っ飛んだ
その感触で思った。
(さっきの巨人よりは強かったな)
筋肉が濃密で、かなりの弾力があった。
天性の才能に加えて、かなりの鍛錬をしていた証拠だ。
(サイやスキールでは、苦戦するかもしれないな)
そんな風に思った。
◆
戦いの右翼。
黒い甲冑を着たブラックドールが、サイに向かって大曲刀を振り下ろす。
ガギィン!
サイはオリハルコンの棍棒で受けとめた。
大曲刀がヒビ割れる。
サイは体勢を崩しながらも、蹴りを放った。
岩をも砕く一撃は、しかしダメージを与えられない。
ザアッと地面を後ずさり、ヒトには理解しがたい音を放った。
【BлиRоониK】
大曲刀を振り上げる。地面に向かって振り下ろす。
衝撃の波が飛んできた。
サイは跳んで回避する。
黒曜星は、ズシン、ズシンと近づいてくる。
「一意専心――――」
サイは棍棒を背負うようにして構え、力を貯めた。
ズシン、ズシン、ズシン。
近づいてくる黒曜星に、棍棒を振り下ろす。
黒曜星は、その攻撃を真っ向から受けた。
首がわずかにへし曲がる。
けれどもそれは、本当にわずか。
一般人に右手でクイッと押されたような、わずかな曲がりしか見せなかった。
逆にサイの棍棒は、飴細工のようにへし折れていた。
「オリハルコンの棍棒が……!」
【BлиRоониK】
黒曜星は右手を引くと、サイの胸元を殴った。
サイは激しく吹き飛ばされる。
オリハルコンのヨロイが、激しく砕けた。
サイは仰向けに倒れ、ゴホッと赤い血を吐いた。
走馬灯だろうか?
過去の記憶が蘇る。
◆
『オマエは魔王の娘のクセに、身体強化しかできねーのぉ?』
『兄として、こんな妹恥ずかしいんだけどぉ?』
『まぁ母親が、どこ出身かもわからないメカケの子じゃーな』
魔族の兄たち三人が、サイを取り囲んで嬲る。
三男がサイの腹を殴って、長男と次男が笑う。
大魔王・デスペラードの三王子。
近隣の街や王国からは、そんな風に呼ばれて恐れられている。
魔族からは、あらゆる魔法を器用に使いこなせる英傑として。
人族からは、あらゆる魔法を器用に使いこなせる残虐な魔族としても知られている。
しかし末妹のサイは、兄たちのような才能を持ち合わせてはいなかった。
身体強化の力しか、持ち合わせていなかったのだ。
『しかもその身体強化も、一回撃つと効果が切れて、二発目を撃つには時間がかかる』
『これが万能魔族たる俺様たちの妹だなんて、恥でしかねーよ』
『悔しかったら、炎のひとつも出してみせろよ』
兄たちは笑う。
サイのことを笑う彼らは、炎の球をお手玉したり、風の竜巻に乗ったりしていた。
その夜。
『ひぐっ、えぐっ、ふぐっ、』
サイはめそめそ泣きじゃくりながら、焚き火用の薪に向かって手をかざしていた。
『炎、でてください。炎、炎っ……!』
炎は出ない。
どこの誰がどう見ても、なんの意味のない時間の浪費。
その時だった。
ひとりの男が現れた。
『何をしているのかね?』
痩身でありながら、引き締まった体躯の男。
切れ長な瞳に優雅な雰囲気を携えて、貴公子然としている。
『あなたは……?』
『私の名前はミスティリア。丘の上の城を、滅ぼしてきたところだ』
ミスティリアは、丘の上の城を指差す。
城は真っ赤に燃えていた。
『私はあそこの城主から、「親睦を深めたい。美味しい料理を出そう」という招待を受けた。
美味しい料理を、とても楽しみにしていたのだが……』
ミスティリアは、ハアッとため息をついた。
『不味かった』
『それだけで、うちを滅ぼしたんですが……?』
『それだけではない。彼は私を、毒殺しようともしていた。
罪がふたつも重なれば、殺害するのは止むをえまい』
ミスティリアは、またもハアッとため息をついた。
『料理は美味しく仕上げておくのが、毒殺をたくらむ時のマナーだろうに』
魔王が差し出す程度の毒など、ミスティリアには効かない。
味さえよければ、笑って許せることなのだ。
しかしデスペラードは、毒で料理を不味くした。
許されることではない。
『あのお城には、とても強い三人の王子がいたと思うのですが……』
『三人そろって、私の一撃で吹き飛ばされたが?』
サイは呆けた。
あまりにレベルが違いすぎ、現実のものと思えない。
自分にとって、三人の兄は雲の上の存在。
父上に至っては、その三人さえも支配する絶対の王。
それがそんなに、あっさりと――。
自分はイジメで死んでいて、死後の世界で夢を見ている。
そんな風に言われたほうが、いくらか納得がいく。
『そもそも私には、キミのほうが王子などより才能があるように見えるが?』
サイは改めて呆けた。
現実のものと思えない。
やはり自分は死んでいて、夢を見ているのではないであろうか?
『私からすれば、万能は無能と変わらない。
ただでさえ才のない者が、使えない特技を100用意して何になるのか』
ミスティリアは、サイにやさしく微笑みかけた。
『それよりはキミのように、イチに特化した存在のほうが、100万倍は価値がある』
傲岸不遜と言える物言い。
しかしミスティリアが言うのなら、絶対の真実となる。
『私は、旅も飽きてきたところでね。
城でも持ってみようかと思っている。
門番などがいるといい』
ミスティリアは魔法袋から、オリハルコンの棍棒とヨロイを取り出した。
『名前が示す通りのすばらしい才〈サイ〉を、私の下で生かしてみないか?』
それが門番のサイと、ミスティリアの出会いであった。
自身のヨロイと棍棒は、忠誠の証にして最高の思い出。
300年以上を共に過ごしてきた、戦友とも言える存在。
そんな武具が壊された。
思い出と一緒に壊された。
サイはゆるりと起きあがる。
【BлиRоониK】
黒曜星は近づいてくる。
ずしり、ずしりと一歩ずつ。
まるで山そのものが、間合いを詰めてくるかのように。
人はもちろん魔族であろうと、相応の胆力がなければ逃げてしまい兼ねない圧力。
だがサイは、一切怯むことがなかった。
臨界点を超えたがゆえに混ざり気のない怒りを込めて、右手を後ろに振りかぶる。
サイは激情家である。
戦闘力は、感情によるムラが激しい。
憎めないような相手だと、下級魔神でも負ける。
逆に本気を出した時は、スキールですら冷や汗をかく。
今は亡きあるじから受け取った、300年を超える思い出が詰められた武具を破壊された日には――。
拳を放つ。
黒曜星の体に当たる。
黒曜星は、黒い銃弾と化した。
衝撃の渦を全身にまとい、陸の上をすべり飛ぶ。
音の速さを超えたそれは、ソニックブームを巻き起こす。
地面が抉られ魔物が削られ、災害級の大破壊を地上に起こす。
黒曜星の体の一部が、地面へと触れた。
バチッと激しい音が鳴る。まるで水切り石かのように、何度も地面を鋭く跳ねる。
バチッと地面にぶつかるたびに、ヨロイと肉が同時に弾ける。
黒曜星は、10キロ吹き飛んで止まった。
ツノのへし折れた黒いカブトが、ごとりと転がる。
黒曜星に残ったのは、その部分だけだ。
それ以外のすべては、軌道線上にまき散らされた魔物たちの残骸に紛れてしまった。
それが『一撃』という概念に、すべてを注いだ少女の攻撃であった。
――――――――――
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