SIDE ローティその3~味方を味方と思わない者たち~
森の中。
ローティたちは囲まれていた。
ローティが先頭のオークを切り裂くと、返す刃でオーガを切り裂く。
トレントの枝に腕を取られる。
騎士が枝に切りかかり、かろうじて落とす。
「ファイアーボール、です、わぁ……!」
ひょろひょろとした火の玉で、トレントは炎上した。
「次から次へと、湧いてきやがって…!」
「キリがないんですけどぉ……!」
「増殖期って、そういうものですにゃ……」
「だから囲まれないよう、注意するべきと申したですにゃ……」
「いいからさっさと、魔力ポーションを寄越せ!!」
「もうないですにゃ」
「どうしてなくなるんだよ!!」
「アンタらが、ガブ飲みするからですにゃあぁーーーー!!!」
「スライの時は、そんなことなかったぞ?!」
「それはスライ様が聖遺物級のレアアイテム・魔法袋を持っていたからですにゃーーー!!」
ローティたちは、スライの言葉を思い出す。
(完璧な支援と補給でお前たちを万全に戦えるようにしているオレの報酬が同じ。
それは確かに、おかしいかもしれない)
アレはつまり、これのことを言っていたのだ。
リスティ以外が歯噛みして、ローティが叫んだ。
「それならちゃんと忠告しろよ! 役立たずの腐れガイド!」
「ガブ飲みさえしていなければ、問題ひとつなかったですにゃあぁ……」
猫耳少女は、ふにゃあぁんっと口をあけ、涙を浮かべて空を仰いだ。
「わたくしの魔力も限界ですわぁ!」
魔法使いローザの悲鳴に、ローティが叫んだ。
「退却するぞ!!」
「けむけむ玉を使うですにゃ!」
猫耳忍者(妹)は、煙玉を地面に投げた。
ぼぅんっと煙が巻きあがる。
「こっちですにゃー!」
猫耳忍者(姉)が、腕を回して案内をした。
「たかがDランクのクエストで……!」
歯噛みするローティに、武道家のリスティがささやいた。
「荷物係さえちゃんとしてれば、困らなかったはずなのにねぇー」
「役立たずどもめ……!」
ローティの目の憎しみが、不自然なほどに濃くなった。
帰りの道を、五体のサイクロプスが塞いでいた。
二メートル級のサイクロプスが四体に、三メートル級のゴールデンサイクロプスが一体。
「第二覚醒個体?!」
モンスターは、一定以上の経験を得ると『覚醒』する。
体は変化し強大になり、特殊な力を得ることもある。
増殖期が危険なのは、モンスター同士で殺しあって一部が『覚醒』するからだ。
第二覚醒となると、そうそう滅多に現れない。
同格のモンスター。または人間を一万近く殺害し、ようやく至れるかどうかだ。
魔法使いローザがつぶやく。
「ゴールデンサイクロプスと言えば、Aランク級のモンスターでしてよ……!」
万全の状態ですら、かなり厳しい戦いになる。
疲弊した今では、どう考えても勝てない。
取り巻きのサイクロプスですら怪しい。
猫耳忍者(姉)が、爆弾を取り出す。
「爆弾ですにゃあ!!」
ぶん投げた。
ドゴオォンッ!
大爆発。
ローティは、身を守りながら言った。
「こんな武器を持っていたのか?!」
「逃げるための切り札ですにゃあ!」
爆風は納まった。
四体のサイクロプスは、粉々になっていた。
しかし第二覚醒固体であるゴールデンサイクロプスは、無傷に等しい。
右手を前に突き出すだけで、自身の体を守っていた。
生き残ったゴールデンは、左右を見渡す。
仲間たちが粉々になっていた。
次に自身の右手を、じっと見つめる。
かすり傷がついていた。
『ガアアアアアアアアアアアアアアアアッッッッ!!!!』
怒りの咆哮をあげる。
「仲間が死んだことよりも、自分の手に傷がついたことを怒っている……?!」
「サイクロプスは、そういう生き物なんですにゃ……!」
「爆弾が効かなかったのですにゃあぁ」
「世界のこの世のおしまいですにゃあぁ」
猫耳忍者の姉妹が震える。
武道家のリスティが言った。
「ねぇクルル。アナタって騎士よね? ローティ様のためなら、命を賭ける存在よね?」
「あっ、ああ」
答えを聞いた次の瞬間。
ズドンッ!
リスティが、クルルのみぞおちに拳を入れた。
「がっ……」
リスティは、クルルをローティに突き出した。
「ローティ様。クルルを囮に使いましょう?」
「いったい、何を言って……」
クルルが反論しようとするも、リスティはローティの目を見つめる。
ローティは、どこかうつろな瞳で言った。
「この旅の始めに、キミは言ったな。
自分はボクの剣にして盾。命を賭けてボクを守ると」
「それは、確かに……」
「だったらいいだろ?」
ローティの瞳に、狂気の色が宿った。
ズバァンッ!
ローティは、クルルのカカトを切り裂いた。
「ぐあああっ!」
「ナイスぅ!」
リスティは、クルルをドンッと蹴り飛ばす。
哀れなる女騎士は、サイクロプスの横手に倒れこんだ。
サイクロプスの視線が動く。
「今のうちに抜けなさい!」
リスティが指示を出す。
「確かに騎士の役割は、わたくしたちの『盾』でございますわね」
魔法使いローザが、素早く横を抜けようとした。
次の瞬間。
ドゴオッ!!
サイクロプスは乱雑な蹴りを、ローザに飛ばした。
ローザは木へと叩きつけら、血を吐きながら言った。
「囮は、あちらですわぁ……!」
「?」
ゴールデンサイクロプスは首をかしげた。
何を言っているのだ? と言わんばかりの反応だ。
ローザの顔に、絶望が浮かぶ。
「誰ひとりとして、逃がすつもりがないのですわぁ……!」
それを証明するかのように、動けなくなったローザは放置された。
サイクロプスは、動けるローティ、リスティ、ネコミミの三人をにらんでいる。
ローティは確信する。
(動いたら、即座に殺られる……。
動かなかったら、じわじわと殺られる……!)
「いやだ、いやだ、いやだ……」
涙を浮かべ、カタカタと震える。
そんな中、荷物持ちの猫耳少女は、異なる震えを見せていた。
恐怖からの震えではない。
圧倒的な敬意が生み出す、歓喜めいた震えであった。
(スライ様の洞察力は、もはや神の領域ですにゃあぁ……!!)
手元には、太めの筒が握られていた。
思い出すのは、つい先日の続き。
テーブルに金貨を置いたスライは、こうも言っていた。
『ローティは、失敗する可能性が高い』
『一番ありえるのは、【前に出すぎて囲まれて、逃げ道がなくなる】だ』
『そうなった時は、コレを使ってくれ』
渡されたのが、この筒である。
『ローティたちが、【こんな目に遭えば反省するだろう】と思ったタイミングで使ってくれ』
とも言われていた。
レイブレイド王国は、失敗には寛容だ。
失敗しても反省し、次に生かせばそれでいい。
先代の王を『じーちゃん』と慕っていたスライにも、その精神は流れている。
ゆえにスライは、失敗を咎めない。
失敗を前提とした策を、間接的に授けていた。
その策を、猫耳少女が解放する。
筒のフタを、パカリと開けた。
ぷるんっ♪
スライムが出てきた。
緑色のスライムだ。
スライムは、サイクロプスを見る。
荷物持ちの猫耳リーダーも見る。
(ぷるぷる。)
(ぷるっ。)
意味深に震える。
猫耳少女は思った。
(何を言ってるかわからないですにゃあぁーーーーーーーー!!!)
スライムはこう言っていた。
( 仮ごしゅじん、おはよう。)
(ぼく、なにする?)
しかしスライムが何を言いたいかなど、素人にはわからない。
スライが理解できているのは、長年の経験によるものだ。
猫耳少女は慌てた。
「スススス、スライ様から、何か聞いてはいないですかにゃ?!」
(ほんごしゅじんの、ことば……。)
スライムは思い出す。
(オレのような才気煥発の研究者でもない限り、お前の言葉はわからない)
少女の言葉が通じない。
スライは当然、そんな事態も想定していた。
当たり前のことが当たり前にできる。
優秀な人間とは、そういうものだ。
(自分の言葉が、仮の主人に伝わっていないと思ったら――)
スライムは、ゴールデンサイクロプスを見た。
スライの言葉を思い出す。
――目の前のモンスターを倒せ。
グリーンスライムのタックルが、ゴールデンサイクロプスの腹部に刺さった。
サイクロプスは、くの字になって吹っ飛んだ。
しかしながらサイクロプスも、伊達に第二覚醒個体ではない。
20メートル吹き飛ぶが、地面に足をこすらせ着地。
ドンと地を蹴り駆け飛んでくる。
スライムは増えた。
一匹が二匹。二匹が四匹に。
サイクロプスを囲うように、分散しながら宙を舞う。
超高速の体当たり。
無数の軌跡が、サイクロプスを襲う。
その尋常ではないスピードは、跳ね回る流星のような美しさを描く。
なすがまま。
子供にもてあそばれるマリオネットのような、奇怪なる動きを見せるだけ。
まともに立っていることすらできない。
乱撃が終わった。
ゴールデンサイクロプスは、ボロボロになって立ち尽くす。
『ン、ガ、ゴ……』
一方のスライムたちは、ザッと地面にすべって着地。
サイクロプスの周囲を回る。
旋風が舞い起こる。
一直線に体当たり。
四体のスライムが放つ体当たりは、十字〈クロス〉の軌跡を地面に作った。
スライム体術必殺奥技、葬送スラ十字〈とってもすごいスライムの攻撃〉
宙に跳ね上がったサイクロプスは、地面へと倒れる。
仰向けに倒れたその姿は、十字架に貼りつけにされたかのようであった。
分裂していたグリーンスライムは、サイクロプスの上でひとつに戻った。
ぴょいんと跳ねる。
\たおした!/
本人はもちろんそのペットですら、圧倒的な力を誇る。
それがスライ。
人類最強(29歳・無職)の力だ。
逆に言えばスライとは、自分を追放した王子にすらも、これほどの温情をかける人間だ。
ローティたちは、そんなスライを追放したのだ。
それをここで反省すれば、破滅は回避できただろう。
ここが最後の、チャンスであるとも言えただろう。
しかしながらローティは、最後のチャンスも振り払ってしまう。
その先に、もはや人間であることすら許されないような破滅が待っていることも知らずに。
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