SIDE ローティその4~最後の救いを逃す愚者~
「助かりましたわあぁーーーー!!!」
魔法使いローザが、うれし涙の歓喜を放つ。
受けた傷は、ポーションで治療している。
武道家リスティが何事もなかったかのように、あっけらかんと言い切った。
「ちょっと色々あったけど、助かってよかったわねぇ」
騎士クルルがゾンビのようなグルリと大きく丸い目で、リスティを見つめる。
「私を囮にしたのが、『ちょっと』……?」
リスティは言い切った。
「騎士の『役割』を考えたら、間違ってないでしょ?」
やれやれ。
そう言わんばかりの仕草で、両手を広げる。
「あなたが自分から行くべきところをアタシが後押ししてあげたのよ?
感謝してほしいぐらいだわ」
「グッ……」
主張は間違っていない。
王子が死んで騎士が残ったとなれば、恥晒しとして首を切られる。
王子の盾になることはあっても、王子を盾にしてはいけない。
勝ち目がないとわかった時点で、クルルは囮にならなければいけなかった。
だがそれを、公言するのはよろしくない。
お店が客に『お客様は神様です!』と言うのはよいが、客がお店に『お客様は神様だろ?!』と言ったら疫病神になるのと同じだ。
ゆえにローティは、リスティを注意しなければならない。
しかしながらローティは、いまだ放心状態にあった。
うなされたかのように、ぶつぶつと言っている。
「失敗した……。Dランクの依頼で……。
失敗した……、失敗した……、失敗した……」
猫耳少女が、フォローに入る。
「依頼は確かに失敗でしたが、みんなこうして生きてるですにゃ!
今回の反省を、『次』に生かせばいいだけですにゃ!」
レイブレイド王国の民であれば、当たり前の励まし。
実際これが、正論でもある。
しかしそんな声をさえぎるかのように、武道家のリスティが言った。
「本当に失敗かしら?」
言葉を続ける。
「確かに既定の数は、倒せていないと思うわよ?
それでも結構な数を倒して、覚醒個体もやっつけたわよね?」
ローティは、リスティの意見に食いついた。
「失敗…………してない?」
「アタシはそう思います!」
「そうか……今回のクエストは、失敗じゃない。
ボクは失敗、していない……!」
「そんなの詭弁ですにゃ!!」
猫耳の声を、怒鳴り声でかき消した。
「敵は散らした! 覚醒個体もやっつけた! ボクは失敗していない!」
「しかし今回の件は、大増殖災害〈モンスターハザード〉発生の危険性もある依頼ですにゃ……」
リスティが言う。
「一定数はやっつけた。
けど万が一のことがある。
念のために追加で調査を。
この言い方ならどうかしら?」
「調査依頼をするのでしたら、問題はないですにゃ」
猫耳少女に、ローティを裁くつもりはない。
増殖期を放置することによって起こる大増殖さえ抑えれるなら、それでよいのだ。
実際この程度の言い回しなら、やっている冒険者は少なくない。
(王子様がこれで反省して、謙虚になってくだされば『成功』ですにゃ)
といった、出来の悪い子供を見守る慈悲深い親の心境である。
「それじゃあボクから、ギルドへ伝えておく」
ローティは、地面に金貨の袋を放った。
「報酬だ」
猫耳たちは、袋の中身を確認した。
「確かに、受け取ったですにゃ」
去っていく。
◆
猫耳たちは立ち去った。
武道家リスティが言った。
「邪魔な猫もいなくなったし、あとはギルドに『成功』を報告するだけね!」
魔法使いローザが言った。
「それは話が違うのではなくって?!」
「ローティ様が、Dランクの依頼で失敗したと言えって言うの?
今はもう、実質Sランクと言われているローティ様たちのパーティが」
「今回の依頼は、そのように評するしかございません」
ローザはピシリと言い切った。
彼女は貴族出身だ。
その生まれから『役割』に拘る。
頭も固く、平民を見下す悪癖もある。
だからこそ、『役割を果たすこと』には敏感だった。
頭が固いということは、義務や規約や役割を、愚直に守るという話でもある。
「う……」
ローティはたじろいだ。
だがしかし。
リスティが、ローティの袖を引く。
「それでいいんですか?
ここで折れたら今後一生、公爵家に頭があがらなくなるカモですよ?」
その一言が、引き金となった。
「口答えするなぁ!!!」
ローティは鬼気迫る形相で、ローザを殴った。
「お前は、公爵家の三女!
家柄以外に何もない虚無じゃんか!
そんなお前が、王族のボクに意見するなよ!!」
ローザは何も言えなくなった。
頬を押さえて頭を下げる。
「申し訳、ございません……」
ローザは貴族。
頭が固い。
『最終的には王族が絶対』という、貴族のルールに従った。
「それが謝罪か?」
ローティは、足で地面をドンドンと叩いた。
ローザは、ためらいを見せた。
「早くしろよ」
だが急かされて、土下座する。
貴族に生まれ、貴族のルールで動く彼女は、それも自分の『役割』として受け入れた。
「こたびはわたくし、たかが公爵家の三女にも関わらず、未来のレイブレイド国王であるローティ様に大変なる無礼を……」
ゴシャアッ!
ローティは、ローザの頭を踏みつけた。
「そうだよっ! お前は! お前らは! 従ってればいいんだよ!」
ゴシャッ、ゴシャッ、ゴシャッ。
三度踏みつけてから、息を荒げて言った。
「規定数に届かなくっても、数は減らしたんだ。覚醒個体も倒したんだ。
モンスターハザードが起きる可能性なんてない。
そうだろ?」
「は、はい……」
「ローティ様の、おっしゃる通りです」
騎士クルルは震えながら。
武道家リスティは、小悪魔っぽい笑みを浮かべてそう言った。
ここがローティ=レイブレイドの人生における、最大のターニングポイントだった。
森での失敗を正直に話してさえいれば。
正直に話し、しっかり反省してさえいれば。
10年先も20年先も、王族でいられた。
若いころは本当にバカだったけど反省した王として、玉座につくこともできた。
しかし今、自らの選択によって滅びが決まった。
ローティ=レイブレイドがこの世から消滅する道を、自らが選んでしまった。
これ以降、残された道はふたつしかない。
邪悪な怪物として、この世界から消滅するか。
せめて人間として、この世界から消滅するか。
◆
スライムと、サイクロプスの死闘跡。
巨体を誇っていたゴールデンサイクロプスは、120センチしかないひとつ目ゴブリンに変化していた。
「やられてしまったか」
謎の男が現れる。
周囲には、男の様子をうかがうかのようにモンスターが集まっていた。
「腐っても王子。勇者の末裔と言うべきか。
元の素体がこの程度では、こんなものと言うべきか……」
男はゴールデンサイクロプスが、スライムに負けたことを知らない。
ローティが、なんらかの方法で倒したと思っている。
ひとつ目ゴブリンの胸元に手を差し入れる。
黒紫のクリスタルを取り出した。
ゴクリと飲み込む。
「しかし今回のレイブレイド国の王子は、見事に愚物だ」
顔に手を当て、くふふと笑う。
「長かった……。長かったぞ。
ようやく国を自ら滅ぼす、世紀の愚物の『器』がでてきた」
両手を広げ、高らかに笑う。
「フハハハハハ!!!」
男の周りから、無数のクリスタルが現れた。
周囲の魔物たちに入り込み、強制的な覚醒をうながす。
ワイルドウルフ、オーク、オーガ、ホーンラビットにトレント。
あらゆるモンスターが巨大になった。
顔も凶悪なものになり、皮膚は硬質化する。
全身に炎や毒をまとう個体も出てきた。
「原初の勇者レイブレイドよ! 貴様が作った国も終わりだ!!」
今日から日を置かずして、モンスターハザードが発生する。
8000万の大軍勢が、街へ向かって進むのだ。
そんな未曽有の大災害を引き起こすのは、後の世に『世紀の無能』と称される王子ローティ。
それを奇跡そのものと言える力で、解決に導くのは――――。
人類最強の男、スライ(29歳・無職)
最後の五文字で、色々と台無しになった。
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