第116話 五つの装飾品

 少しすると扉がノックされ、テオドアとアレクシス、それに見たことのないエルフが二人入ってきた。リディはテオドアたちに状況を説明した。説明が終わると、何も言わずリディをじっと見つめていたエルフの二人は、床に転がる小汚いエルフを消した。エルフの国へ送ったのだろう。


「首謀者の計画は分かりかねますが、どうやら他にも同じように仕事を依頼された者がいるようです」

「まだ王宮内へ入れていないようですので、我々が片付けて参りましょう」


 そう言って、二人のエルフは消えてしまった。アレクシスは机に残された指輪を手に取り、まじまじと眺めている。


「ギルには伝えたのか?」


 アレクシスはテオドアに尋ねた。


「いえ。ノアとオーラには伝えました。二人がギルバート様を見張っているので問題ないかと」


 アレクシスはそれで良いと頷く。


「エルフ関連となると、狙いはギルかリディだろうな」

「私を狙うなら、別に城でどうこうしなくていいでしょう」

「それもそうだな。ならばギルか」


 アレクシスは珍しく難しい顔をしていた。テオドアはシリルの方を見て、リディを見た。


「シリルは何をしているのですか?」

「なんか引っかかるって考え込んでる」

「武勲詩の一節でしたっけ?」

「ああ。知ってるか?」

「いえ、知りません。シリルの母君は古代遺跡の調査員でしたので、古代文学にも精通していたのでしょう」

「なるほどな」




 しばらくすると、エルフの二人が帰ってきた。そして、机の上に首飾り、耳飾り、ブローチ、髪飾りを並べた。どれも古いもののようだ。装飾品は、リディたちが発見したものを含め五つになった。もう妙な気配はないので、取り憑いていたエルフたちは捕まえたのだろう。


「他の者はあの男と違って、手練れでした。あの男がいなければ計画は成功していたかもしれません」


 リディはエルフが回収してきた装飾品を手に取り、隅々まで確認した。文字の形は違うが、どの装飾品にも、小さく古代語が刻まれていた。


「五つの装飾品か。何の意味があるんだ?」

「ただの装飾品かと思いますが。魔力も一切感じられない」


 リディはルッツに古代語を示しながら装飾品を渡す。ルッツはそれらを手に取ると、ルーペを使って古代語を読み始めた。


「えっと、栄華の王の椅子にさあ座ろう?」


 ルッツは解読を終えた髪飾りを机に置き、リディに渡されたブローチの古代語を解読する。


「新しい絶望がここに生まれた」


 ブローチが机に置かれ、首飾りがルッツに渡る。アレクシスもテオドアも、エルフたちまでもが固唾を飲んでその光景を見守っていた。


「闇から出た、この世のものではない者が」


 シリルが勢いよく顔を上げて、ルッツの方を見る。何かを思い出したのだろうか。ルッツは最後の耳飾りを手に取り、ゆっくりと口を開く。


「さあ歌え、騒げ、悲哀が……満ちるまで」


 ついにシリルは立ち上がった。反動で椅子がガタンと音を立てる。全員がシリルに注目していた。


「陽は沈み、王は嘆く

 闇より出しこの世ならざる者

 栄光の玉座にいざ座らん

 さあ歌え、騒げ、悲しみに満ち溢れん限り

 新たな絶望、ここに生まれり」


 シリルはスラスラと呪文でも唱えるように言った。これが、シリルが聞かされていた武勲詩の一節なのだろう。やっと思い出したと言うのに、シリルの表情は硬かった。


「呪いの言葉だ」


 うわごとのようにシリルは呟く。


「はあ?」

「武勲詩の中で、死の世界が主人公に囁く呪いの言葉だよ」


 シリルは早口に言う。


「武勲詩なんか、作りもんの話だろ?」

「そうとは限りませんよ。史実を忠実に語っているものもあります」

「本当の話なら、古代語で読むとやばいってことか?」

「そうだね。まあ、古代文字をそのまま古代語として読むことができる人なんてほとんどいないよ」


 ルッツはルーペを懐にしまいながら言う。


「どういうことだ?」

「例えば僕の場合、古代文字を読んで、現代の言葉で意味を理解することはできる。でも、正しく発音することはできない。古代語の研究者もほとんどそうだよ」

「でもお前古代語話せるじゃねえか」

「ああ、精霊に語りかける時のやつ?あれは、呼びかけの言葉をいくつか知ってるだけで、あとは脳内で文字にして伝えてるだけだよ。精霊たちも文字で伝えてくれる」

「意味が分からない」

「まあ、訓練を積まないとできるようにならない。とにかく、僕は古代語を自由自在に話せるわけじゃない」

「エルフもそうです。主に神事に関わる方々が、いくつか儀式に必要な言葉を知っているだけで、自在に話せる者はいません」

「文字だけで呪いになるのか?」

「ならないよ。古代語は音にして初めて本当の意味を持つんだ」

「じゃあ、何なんだよこの装飾品は」

「分かりませんが、犯人の狙いが、これを城の指定の位置に置くことであれば、城の中へ持ち込まない方が良いでしょう」

「そうだな。押収した装飾品は、そちらで預かってくれるか?」


 アレクシスはエルフの二人に尋ねた。エルフたちはもとよりそのつもりだったらしく、装飾品に手をかざすと、消えてしまった。


 エルフの二人はしばらく王宮に留まると言い、アレクシスと共に消えてしまった。ルッツは持ち場に戻り、リディはシリル、テオドアと共にギルバートの元へ戻ることになった。

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