第115話 小汚いエルフ
人が出払っているため、派遣棟は静まり返っていた。その方が都合が良い。
「ノアかオーラ呼ぶ?」
シリルは言うが、二人はギルバートの側を離れられないだろう。
「いや、大丈夫だ」
相手はエルフのくせに、気配を人間に気取らせてしまうほどの馬鹿だ。気を抜かなければ、リディだけでもどうにかなるはず。
リディは机の上に魔法陣を描くと、その上に指輪を置いた。もちろんエルフの魔法のため、シリルは興味深そうに見ていたが、なにも理解できないようだった。リディが魔法陣を挟むように両手を置くと、魔法陣は光を放った。指輪はカタカタと小さく揺れ始める。リディはより魔力を強くした。指輪の揺れは大きくなる。相手が抵抗しているのだ。リディはまた魔力を強くした。しかし、向こうも応じてくる。単純な力比べだが、これが一番面倒だ。しばらく拮抗した。そして、向こうは完全なエルフといえども分身のため、勝てないと判断したのか、逃げようとした。
「やっとか」
リディはこの瞬間を待っていた。逃げるために力を使い、こちらに対する意識が逸れるこの一瞬を。リディは素早く呪文を唱えた。すると、時計から、ズルズルと引っ張られるように一人の小汚いエルフが出てきた。
「くそ。なぜ人間に」
エルフは悪態をつきながら魔法を放った。リディが結界を張ると、魔法は跳ね返り、エルフに直撃する。エルフは悪態をつきながら後ろに倒れた。人間だと思って油断していたのだろうが、まぬけにもほどがある。
リディは痛みに床をのたうち回っているエルフを魔法で押さえつけ、見下ろした。
「ハーフエルフか!?」
「いや、人間だ。そんなことはどうでもいい。指輪に取り憑いて、持ち主を意のままに操ろうとしたな。目的はなんだ?」
「誰が言うものか」
リディはエルフの顔を掴み、強制的に自分の目を見させた。その瞬間、エルフの目は焦点が合わなくなる。
「第二王子の暗殺か?」
「知らない」
「お前に課せられた役目はなんだ?」
「その指輪を城の中の指定の位置に置きに行くこと」
「指定の位置?どこだ?」
「分からない。指輪が導いてくれる」
「この指輪はなんなんだ?」
「特別な物だとしか」
リディはエルフから手を離し、机の方へ戻った。エルフはその場に倒れた。リディの自白魔法が強すぎたらしく、エルフは気を失っている。指輪を手に取り、指輪を調べ始めた。特に変わったところはないように思える。
「これなんだろう?」
「どれ?」
「これ」
シリルが指さしたところには小さく文字が刻まれていた。共通語でも、ウィデル語でも、エルフ語でもない。しかし、見たことがあるような気はする。
「古代語か?」
「そうかも」
「読めないよな?」
「うん」
指輪をどんなにじっくり見ても、古代語らしい文字以外に怪しい点は見つからない。
「古代語読める奴知ってるか?」
「ルッツくらいしか」
予想通りの返答にため息をつきながらリディはルッツに呼びかけた。シリルは指輪をじっと見つめ、何か考え込んでいるようだった。
「なんだい?」
「お前古代語読めるよな?派遣棟の私の部屋まで来てくれないか」
「分かった。少し時間がかかるけど」
リディは額に手を当てた。ルッツは移動魔法を使わないことをすっかり忘れていたのだ。
「シリル、ルッツを……」
リディがシリルの方を向くと、シリルはぶつぶつと何かを呟きながら考え込んでいた。
「シリル!」
リディが少し大きな声で呼びかけると、シリルはハッとしたように顔を上げ、リディを見た。
「大丈夫か?」
「ごめん、考え事を。何?」
「ルッツ迎えに行ってくれ」
「分かった」
シリルは姿を消し、すぐに部屋の扉が開いた。シリルがルッツを連れて戻ってきたのだ。
「これ、なんて書いてる?」
リディはルッツに指輪を差し出して言う。ルッツは、指輪をじっと見て、古代語が刻まれていることに気づいたらしい。懐から小さなルーペを取り出すと、古代語の上にルーペをかざした。
「陽は沈み、王は嘆く」
「あー!」
ルッツが古代語を読むと、珍しくシリルが大きな声を出した。リディは顔を顰める。
「なんだよ。うるせえな」
「この古代語、どっかで見たことがあると思ったんだよ」
「古い武勲詩の一節だよ。母さんが聞かせてくれた」
「そうなのか?」
リディはルッツに尋ねたが、ルッツは知らないと首を横に振った。
「じゃあ、怪しいわけでもないのか?」
「うーん……」
「なんだよ」
「ちょっと待って。何か引っかかる」
「何かってなんだよ」
「考えてるから黙って」
シリルは一人、部屋の隅へ行き、椅子に腰掛けた。
「で、あれはなんだい?エルフ?」
ルッツは床に転がっている小汚いエルフを指差して言った。リディが状況を説明してやると、なるほどと言ってルッツは頷く。
「で、どうするんだい?あのエルフ」
「エルフに引き渡すしかないけど、ノアもオーラも王子のそばを離れるわけにはいかないだろうし、あのエルフがいる限り、私もここを離れられない」
「ギルバート様なら、部屋へ下がられてるんじゃないか?」
「え?」
リディは時計を見た。もう昼を過ぎており、予定ではギルバートは会食を終え部屋に下がっている時間だった。
「テオドア」
「どうしました?正門で騒ぎがあったようですが」
「エルフを捕まえた。どうする?」
「エルフを?すぐに向かいます」
テオドアは早口に言った。面倒なことは全てテオドアが片付けてくれるだろう。リディはのんびりと椅子に腰掛けた。
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