第114話 応援要請
リディとシリルがギルバートの元へ戻ると、もう結婚式は終わっていた。親族だけで行う儀式の最中とかで、テオドアは他の警護要員たちと廊下で待っていた。
「森の精霊だったようですね」
テオドアは澄ました顔で言う。
「お前、精霊が来るって知ってたのか?」
「ええ。行事のたびに来ますので」
「何で言ってなかったんだよ」
「北の門にはルッツや、森の精霊を知る者が配置されるはずだったんですよ。急な配置換えで誰もいなくなったようですが」
「誰が配置換えしたんだよ。そいつのせいで無駄な騒ぎが起きたじゃねえか」
テオドアは小さくため息をつく。
「仕方がなかったのですよ。ドロシア様が悪い予感がすると仰っていまして、直前に正門警備を強化したのです。招待客のために開けられている正門の警備はもともと万全でしたが、精霊の力を借りて場内への侵入を試みる者がいるかもしれないということで、精霊研究者は全員正門へ集められました」
セリフを読み上げているように淡々とテオドアは言った。もうすでに疲れているらしい。政務官たちは、連日、結婚式関連の仕事で忙しそうにしていたため、疲れているのも当然だろう。
「国を挙げての一大イベントですからね。水を差したい輩もいるでしょうし、多少のごたごたは、仕方ありません。陛下のお耳に入らないように、国民に動揺を与えないように跡形なく瞬時に揉み消してください」
相変わらず人使いが荒いが、テオドア自身も身を粉にして働いているため、リディは文句を言うのをやめておいた。
しばらくすると、儀式が終わり、王族とフリンツァー家の会食が始まった。会食会場は例の如く問題が起こる気配すらなく、和やかな雰囲気だった。しかし、リディや、その場にいる他の魔法使いたちの頭の中には、また応援を要請する声が響いていた。今度は冷静な連絡だったため、頭を抱える者はいなかったが、全員が一斉にテオドアの方を注視した。
「リディ、シリル頼みます」
テオドアは迷うことなく言う。リディとシリルもそう来ると思っていたので、言われた時にはもう移動魔法を使っていた。応援要請があったのは城の正面玄関だ。二人が正面玄関へ到着した時、正面玄関は来客でごった返していたし、警備の人数が明らかに少なかった。
「応援に来た。何があった?」
リディは近くにいた中級魔法使いに尋ねた。
「正門の方で何かあったらしい。ルッツが精霊の気配がするとか言って走っていったけど」
中級魔法使いが説明している間、リディはある気配を感じ取り、眉間に皺を寄せた。シリルも同じ気配を感じ取ったようで、リディの方を見ている。
「なんか、変な気配」
「だよな。精霊?か?」
精霊の気配に近いが、気配が大きすぎる。リディが今までに遭遇した精霊は、近づくまで気配を感じ取れなかった。こんなに離れた場所から気配が分かるなんて信じ難い。シリルもリディと同じように考えているようだ。リディにはもう一点気になる点があった。
「分からない。でも、どこかでこの気配」
「お前もか」
リディも似たような気配を知っている気がしたのだ。精霊ではない、何かの気配。しかし、それがなんなのか思い出せなかった。
「とりあえず正門まで行こう」
正門の方も、到着したばかりの馬車が列をなしていて、衛兵たちが忙しなく動き回っていた。その衛兵たちに混ざり、ところどころに魔法使いがうろついている。リディは適当な魔法使いを捕まえて話を聞こうとしたが、城の方から走ってくるルッツを見つけ、ルッツの方へ移動した。
「ルッツ」
「リディかい?今急いでるんだ。後にしてくれ」
「何かあったか?」
「精霊の気配がするんだ。かなり強い」
「やっぱり精霊か?」
リディは腑に落ちないながらも言う。
「ああ、彼女がそう言ってる」
ルッツは懐から小瓶を取り出した。精霊を閉じ込めている小瓶だ。リディは小瓶を嫌そうな顔で見る。リディには精霊の言うことなど分からない。
「お前、移動魔法使えねえの?」
「あまり使わないね。精霊との会話で常に魔力を消費しているから」
精霊と会話するだけで魔力を消費してしまうなんて。やはり精霊に関わるとろくなことがない。リディはシリルとルッツを巻き込んで移動魔法を使い、再び正門へ移動した。
「ルッツ!来てくれたか!」
うろうろと何かを探している様子だった魔法使いたちがルッツの周りに集まってきた。精霊関係では、頼りにされているらしい。リディは精霊らしきものの気配に集中してみたが、気配が大き過ぎて、探すのは難しそうだった。正門の辺りはどこからも、精霊らしきものの気配がするのだ。
「精霊がどこにいるか分かるのか?」
「ああ。彼女が探してくれるよ。でも、すぐには難しいかもな。相手さんの方が上手のようだ」
「じゃあ、手分けして探そう」
リディとシリルとルッツで精霊らしいものを探すことにし、他の魔法使いたちには、自分の持ち場に戻らせた。
三人は、別々に行動を開始した。少しすると、示し合わせたように一台の馬車の前に集まった。妙な気配の根源はその馬車だったのだ。見た目は普通の馬車だ。他の馬車と違う点を挙げろと言われれば難しいほどに普通の馬車だった。リディとルッツが息を呑むなか、シリルは勇敢にも、馬車の扉をノックした。馬車の扉が開き、中から出てきたのは身なりの良い若い男だった。見る限り人間だが、気配がおかしい。人間のような気配もするし、精霊のような気配もする。
「何か用かな?」
男は落ち着き払って言う。表情にも、話し方にも、不審な点はない。ルッツは軽く頭を下げ、右手の拳を左胸に当てると、騎士風の挨拶をした。
「これは、シモン殿でしたか。ご無沙汰しております」
「おお、ルッツ殿。久しぶりだな」
男はルッツの知り合いのようで、不審がっていた表情が一気に晴れた。
「シモン殿、最近、何か珍しいものを手に入れませんでしたか?」
「おお、よく分かったな。この指輪を譲ってもらった。なんでも、かなり古いものらしく」
男は嬉々として、人差し指にはめた指輪の説明を続けていたが、リディたちはそれどころではなかった。その指輪こそ、妙な気配の根源だったのだ。
「精霊じゃない」
ルッツがつぶやくように言った。リディたちにもそんなことはとっくに分かっていた。もっと、大変なものだ。少し前、オーラが二人のために自分の分身だと言って、リスを作り出したことがあった。あのリスと同種の気配がするのだ。
リディは男に誰から指輪を買ったのか聞こうと口を開きかけたが、仕事とは別の問題を思い出し、口をつぐんだ。目の前にいる男は、国王に謁見しに来ているわけで、それなりの身分だろう。リディはルッツに頭の中で問いかけた。
「こいつ、爵位は?」
「子爵だよ。でも、伯爵家の長男だから、未来の伯爵」
危なかった。危うく粗暴な言葉遣いで問いただすところだった。バレなければいいだろうが、どこかから噂が広がりでもしたら最悪だ。リディは短く息をつくと、微笑んで男を見た。
「初めまして、私、リディ・イヴ・マリー・セルヴェと申します」
リディは男だけを見ていたが、隣からシリルの視線を痛いほど感じていた。どうせ驚いているか、面白がっているかといったところだろう。
「おお、セルヴェ家の。お会いできて光栄です。私はシモン・ドルデンと申します。お見知り置きを」
男はリディの手を取り、手の甲にキスをした。リディは口元が歪みそうになるのをなんとか我慢して、微笑みを保った。
「時間がないので、率直に申しますが、そちらの指輪、呪いがかかっておりますわ」
「の、呪いですか?」
「ええ、少しお預かりしてもよろしいですか?」
「ええ、もちろん」
シモンは指から指輪を外そうとした。しかし、シモンは指輪を外すことなく、腕をだらんと下げた。リディは訳が分からず、シモンの顔を見た。そこにあったのは、虚な目をしたシモンの顔だった。先ほどまでとは明らかに様子が違う。
「シモン殿?」
ルッツもシモンの異変に気づいたようで、恐る恐る声をかけた。しかしシモンは、ルッツの呼びかけにもなんの反応も示さなかった。
「下がれ!」
リディは叫び、出来るだけ強い結界でシモンの周囲を覆った。結界の中が強い光で満たされる。近くの馬車に乗っている者は、何事かと顔を出してこちらを見ていた。
「まずいな。早く人目につかねえところに行かないと」
「あの指輪さえ取れれば」
「手を貸そうか?」
ルッツはなんでもないように言った。どう考えても、ルッツの手に負える相手ではない。
「無理に決まってんだろ。相手はエルフだ」
「でも、指輪さえ奪ってしまえばいいんだろう?」
「そうだけど」
ルッツは懐から、精霊の入った瓶を取り出した。瓶の蓋を開けると、中から澄んだ何かが出てくる。ルッツはそれに向かって、古代語で何かを語りかけた。すると、精霊はすうっとシモンの元へ飛んでいき、あっという間に指輪を持って帰ってきた。指輪を失ったシモンはリディの結界の中で、糸の切れた操り人形のように地面に倒れた。
「ほら、早く受け取って。彼女が苦しそうだ」
ルッツはそう言いながら、シモンの方へ駆け寄っていた。リディは精霊が持ってきた指輪を掴んだ。役目を終えた精霊はルッツの手にある小瓶の中へ帰っていった。
「この場は僕がどうにかしておくよ」
ルッツはシモンの身体を抱き起こしながら言った。ちょっとした騒ぎになっていたので、他の魔法使いも数名、リディたちの元へ集まってきていた。
「ありがとな」
「ルッツありがとう」
リディはシリルを連れて研究所の自分の部屋へ移動した。
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