第113話 結婚式

 四人は結婚式の会場である大広間へ到着した。大広間は、招待客でいっぱいだった。当たり前だが、前国王も来ている。前国王は、三十代と思しき女性と親しげに話していた。ギルバートは父親に近寄ろうとせず、むしろ避けるように人混みに混ざろうとしていたが、それより先に、前国王と話していた女性がこちらに気づいた。


「ギル」


 女性は優雅に片手をひらひらと振った。こちらに来る気はないようで、ギルバートに来いと言っているようだ。シリルは「誰?」とでも言いたげにリディを見るが、シリルが知らない人をリディが知っているわけがない。


「ご無沙汰しております。姉上」


 ギルバートはいつもの仏頂面で言う。リディはギルバートに姉がいるなんて初めて知った。シリルも同じらしく、驚いた顔でリディを見ていた。


「十五年以上前に、隣国バファースト王国に嫁がれたロイネ様です。私も幼い頃でしたので、よく覚えていないのですが」


 テオドアが小声でリディとシリルに伝えた。


「へえ」

「たまに帰っていらっしゃるのですが、まあ、なんというか、マティアス様とアレクシス様を足して割ったような感じの方です」


 要するに、ギルバートが苦手とする人物ということだろう。家族の中に苦手な人物しかいないとはなかなか不憫だ。


(まあ、私も同じような状況か)


 ギルバートが前国王、ロイネと話していると、アレクシスも加わり、少しすると、結婚式が始まった。リディとシリルは会場の隅で控えた。式は荘厳な雰囲気の中行われた。長たらしい神官の祝福の言葉を、どれだけの出席者が真面目に聞いているのかは分からない。マティアスはいつものように堂々たる立ち姿だった。妻となるドロシアに愛おしげな視線を向けることもなく、まっすぐ前を見据えていた。その横に立っているドロシアは、美しいレースで飾られた純白のドレスに身を包み、穏やかな、しかし、何を考えているのか分からない微笑みを浮かべている。


 会場内では特に何も起こりそうになく、リディはあくびを噛み殺していた。シリルも立ったまま寝そうになっていた。


 そんな中、眠気を一気に吹き飛ばす出来事が起こる。マティアスとドロシアが神官に向かい、誓いの言葉を述べている時だった。


「応援要請!」


 突如頭の中で叫び声が響き渡った。城外を警備している魔法使いからだ。大音量の連絡に、リディとシリルは思わず頭を抱えた。会場警備や会場内にいる人物の警護に当たっている他の魔法使いたちも同じように頭を抱えていたが、同じ連絡が届いているはずのテオドアだけは何食わぬ様子で立っていた。


「リディ、シリル、行ってきてください」


 テオドアの落ち着き払った声が脳内に届く。本来、ギルバートの警護はノアとオーラだけいれば事足りる。リディとシリルはあくまで飾りであり、緊急事態の収拾役としてあちこちを飛び回らねばならないのだ。




 二人はテオドアの指示に従い、応援要請のあった城外へ向かった。場所は研究所の敷地と、王宮を結ぶ北の門だった。


「どうした?」


 リディは衛兵に尋ねる。衛兵は青い顔で、研究所側の空を指さした。そこには、目に見えない何かの侵入を拒む中級魔法使いが数名いた。リディは顔を顰める。


「あれって、精霊?」


 シリルも驚いた様子で言った。シリルの言うとおり、精霊に間違いなかった。しかし、なぜこんなところに精霊が姿を現したのかは分からない。精霊は普通、土地や植物、物などあらゆるものに棲みついて、姿を現さないものだ。姿を現すのは、怒った時だけ。だから、精霊が姿を現すと、もれなく厄介なことになると言っても過言ではない。


「おい!何があった!?」


 リディは青い顔の衛兵に食いついた。衛兵は、恐れで言葉をなくしてしまったのか、力なく首を横に振るばかりだった。リディは仕方なく、魔法陣を描いた。そして、それを発動させると、城全体を守る結界が張られた。精霊の侵入を拒んでいた魔法使いたちは、結界が張られたことに気づき、下に降りてきた。


「リディ、ありがとう。助かった」

「何があった?」

「分からない。突然現れたんだ。向こうの森から」


 魔法使いたちはかなり魔力を消耗しているらしく、息も絶え絶えになっていた。リディの結界も即席のため、あまり長くは持たない。精霊をどうにかするほかないが、なぜ精霊が姿を現したのかが分からないことにはどうしようもない。まあ、分かったところで、リディは専門外なため、精霊をどうにかできる自信はない。


「シリル、精霊研究してる変な奴いるよな?あいつなんて名前だっけ?」

「ルッツのこと?」

「そうそう。あいつ呼んでくれ」

「分かった」


 シリルに呼ばれたルッツはすぐに到着した。そして、状況を何の説明もなく理解したようで、ゆっくりと門へ向かって歩いていった。リディの結界を出て精霊のいる場所へ立つ。そして、精霊に向かって、古代語で何かを言った。そしてそのまま少し上を見たままじっとしていた。しばらくして、深く頷くと、ルッツはリディたちの方へ戻ってきた。


「結界を解いて大丈夫だよ」

「はあ?」

「陛下のご結婚を祝福しに来ただけだ。何の害もない」

「……本当だろうな」

「信じないのか?相変わらずリディは俺のことが嫌いなんだな」

「いや、そう言うわけでは」


 リディはもごもごと言いながら、結界を解いた。するとすぐに精霊は門を潜り抜け、城の方へ向かっていった。もし何かあっても、ルッツのせいだ。


「森の精霊は行事のたびに来るのに、何で騒いでたの?なんかあったのかと思った」

「はあ?そうなのか?聞いてねえよ」


 シリルに向かって言うと、シリルも首を横に振った。


「俺も知らない」

「お前、何年ここにいるんだよ」

「行事の日、学生は城下の警備に当たるんだよ」

「そうなのか」

「そうだよ」


 ルッツはシリルの肩を持つように言った。そして、北の門の警備をしていた魔法使いたちを眺め、納得したように頷いた。


「なるほど。この門の警備は全員卒業したて、あるいはいつも他の門の警備に当たってたのか。精霊のことを知らなくても仕方ないね。伝えてなかった上が悪いよ」


「また困ったら呼んでくれ」と言い残し、ルッツは自分の持ち場へ帰っていった。リディとシリルもギルバートの元へ戻ることにした。

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