第111話 エピローグ

 久々に研究所へ行くと、周りの視線がうるさかった。誰もがリディとエマを注視している。


「鬱陶しい」

「仕方ないわよ。双子ってだけで珍しくて私たち有名人だったのよ」


 そのただでさえ珍しい双子が、実は貴族の娘だったと知られれば、注目を浴びないというのも、難しい話ということか。


「あ、エマ、リディ」


 注目の的に堂々と近づいてくるのは、シリルだった。リディたちがしばらく仕事を休んでいる間に、エルフによる王都の警備体制が整った。そのおかげでシリルはやっと監視対象から外れ、派遣員としての仕事に戻っているらしい。


「久しぶりだな」

「本当に」


 リディもシリルも特にやることがなかったので、三人でエマの研究室へ向かった。二人が貴族の娘となっても、シリルの態度は全く変わらなかった。リディもその方が良かったので安心した。


「名前はどうなったの?エマって、もともとローズマリーだったんでしょ?」

「ローズ・エマ・ルイーズになったの。家ではローズって呼ばれているけど、みんなはエマのままでいいわ。リディは、リディ・イヴ・マリーになったのよ」


 セルヴェ夫妻はもともと、エマとリディそれぞれにローズ、マリーと名付ける予定だったのを、エマに二つの名前をくっつけて名付けたそうだ。二人が戻ったため、夫妻はエマにローズ、リディにマリーの名を与えた。




 三人はしばらくエマの研究室で話していたが、エマが忙しそうだったので、リディとシリルは派遣棟へ向かった。


「久々に他の人と任務に出てたんだけど、リディと行動するのに慣れすぎて、全然ダメだった」

「ダメってなんだよ」

「まあ、いろいろと。ギルバート様にちょっと怒られた」

「お前もなかなか問題児だよな」

「リディに言われたくないよ」


 シリルが急に立ち止まったため、リディは振り返った。シリルはリディを見つめている。


「リディ、仕事辞めないよね?」


 シリルは鋭い。リディ自身は辞めるつもりなどなかったが、セルヴェ伯も夫人も、リディが派遣員という危険な仕事を続けることには反対しているようだった。今のところ、直接「辞めろ」と言ってくることはないが、いつ言い出すかは分からない。


「辞めねえよ」

「良かった」


 シリルはそれ以上何も言わなかった。シリルも分かっているのだろう。派遣員などという危険な仕事は、貴族のお嬢さんがする仕事ではないことを。


 リディ自身は誰になんと言われようと、仕事を辞めるつもりはなかった。しかし、上が辞めるべきだと考えていれば、そうも言ってられない。なんだかんだ理由をつけて、仕事を辞めさせることだってできるのだから。


「シリル、先日の任務の続きを頼みます。リディと行ってきてください」


 頭の中でテオドアの声がした。シリルも同じだったらしい。シリルが「分かりました」と返事をした。


「なんだよ。先日の任務の続きって」

「さっき言ってた、怒られたやつ。こないだアセット地方で無免許魔法使いの大規模摘発があって、違反者の何人かが逃げちゃったからそれを捕まえに行ったんだけど……」

「ヘマした」


 リディはシリルが濁した言葉を予測して言った。シリルは肩をすくめる。


「俺がヘマしたというか、一緒に行った人と息が合わなくて誰も捕まえられなかった」


 それくらいでギルバートが怒るとは思えない。リディは目を細めてシリルを見つめた。すると、シリルはバツが悪そうに口を開く。


「一緒に行った人が、しばらく入院することになっちゃって」

「なんでだよ」

「リディと行動してる時みたいに、ちょっと……無茶?しちゃった?みたいな感じ」


 それで仲間が怪我したならそりゃあ怒るだろう。リディは呆れてシリルを見た。


「でも、違反者が強くて、派遣員のレベルも合ってなかったんだよ。中級一つ星になんとかできる任務じゃなかった」


 シリルは自分は悪くないとでも言うように言い訳を並べ始めた。違反者のレベルをテオドアが読み間違えたというのも、原因の一つだろうが、そのまま任務を強行しようとしたシリルの責任でもある。


「まあ、ちゃっちゃと片付けてこようぜ」


 リディはシリルと共に任務へ出かけ、夕方には城へ戻った。任務は大したことなかった。田舎の無免許魔法使いには、強い者もいる。今回の違反者たちは、管理局の目を盗んで魔法を使い続け、挙句の果てには管理局から逃げてしまったのだから、中級三つ星以上の実力があったのだろう。しかし、いくら強いと言っても所詮は人間。エルフと同程度の力を手にしたリディには、赤子の手をひねるように容易い任務だった。


 城へ帰ると、二人はギルバートの執務室へ報告に行った。ギルバートは仕事の手を止めることなくリディの報告を聞き、興味なさげに「そうか」とだけ言った。報告を終えたリディはシリルと共に執務室を出ようとした。


「リディは残れ。話がある」


 シリルはちらりとリディを見て、そのまま執務室を出て行った。リディはギルバートの前に戻る。話の内容など想像がついている。リディの背後で扉が閉まった。ギルバートはペンを置くと、リディを見た。


「貴族の令嬢が派遣員などすべきではない」


 ギルバートはリディを見据えたまま、静かな声で言った。無表情で、いつものことながら何を考えているのかは分からない。ギルバートの後ろに控えているテオドアも、いつも通り胡散臭い笑みを浮かべていて、こちらも何を考えているのか分からない。リディは僅かに目を伏せた。


「そういう声が各所から上がっているが、俺はお前をクビにするつもりはない」


 リディは目線を上げた。


「お前が辞めたいのなら辞めればいいが」

「いや……辞める気はないですが……」

「それならいい。これまで通り頼む」

「いいんですか?」

「何がだ?」

「その……立場的に……」

「兄上たちも何も言っていないのだから、誰も文句は言えんだろう。話は以上だ」


 ギルバートはそう言って、仕事に戻った。テオドアは扉の方へ移動し、リディのために扉を開けた。


「今日はお疲れ様でした。ゆっくりお休みください。明日からも、任務が詰まってますから」


 テオドアはにっこりと微笑んで、リディを見

 送った。


 誰にも文句は言わせないから、何も心配せずにしっかり働けということか。本当に人使いの荒い奴らだ。


 リディは軽い気持ちでエマの研究室へ向かった。

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