第110話 日の出

「リディ!リディ!」


 エマの声がした。生温かいものがリディの顔にぽつりぽつりと落ちてきていた。エマが泣いている。リディはゆっくりと目を開き、エマの顔に手を伸ばした。


「リディ、よかった」


 エマはリディを抱き締める。周りには、セラフィーナ、ユリア、リクハルドが膝をつき、リディの様子を窺っていた。その向こうには、オーラを連れたギルバート、その横にはギルバートの肩を抱き、寄り添うようにアレクシスが立っていた。


「大丈夫だ」


 リディはエマに言った。エマは泣きながらも、頷き、リディから離れる。


「何があった?正しく解いたはずだろう?」


 ユリアがリディに尋ねた。リディは確かに呪いを正しく解くことに成功したことと、意識を連れて行かれたことを説明した。


「闇の力に頼った呪いだったので、呪いを解くと、術者が死ぬのだと言っていました」

「誰が?」

「ボトヴィッドと名乗る男のエルフが」


 ボトヴィッドの名を聞くと、リクハルドたちは目を見開いた。どうやら、ボトヴィッドのことを知っているようだ。


「君は?」


 リクハルドは心配そうに尋ねる。


「私は魂を持っているだけの存在なので死なないそうです。ボトヴィッドは、リューディアを死なせないために、贄として私を殺そうとしました」

「なんということだ。あいつは、そこまで闇に染まってしまったのか」


 ユリアは嘆き悲しむように言った。その口ぶりから、ボトヴィッドは王族と随分近しい立場だったように思えた。ボトヴィッドとは誰なのか聞こうとしたが、それよりも先にセラフィーナが口を開いた。


「リディ、何ともないの?」


 セラフィーナも心配そうに、リディの頭のてっぺんから足の先まで、注意深く観察している。


「この指輪のおかげです」


 リディはギルバートにはめられた指輪を皆に見せた。リクハルドとユリアは指輪に見覚えがあったらしく、眉間に皺を寄せた。


「それは、ヴィルのか?どうして君が」

「ギルバートがリディに貸したのです」


 セラフィーナはリクハルドに説明した。ヴィル。そう言えば、ボトヴィッドもそう言っていた。ヴィルというのは、ギルバートの父のことだろうかと、リディは疲れた頭で考えた。ギルバートはリディのそばまで来ると、地面に片膝をついた。


「ありがとうございました。この指輪のおかげで助かりました」


 リディはそう言って、ギルバートに指輪を返した。ギルバートは無言で指輪を受け取ると、元の指にそれをはめた。


「怪我はないか?」

「はい」

「良かった」


 ギルバートはリディの腕にそっと触れた。その手は僅かに震えていた。


「エルフの方々もリディにいろいろと聞きたいことがあるとは存じますが、それは後ほどで良いでしょうか」


 アレクシスはリクハルドたちに尋ねる。


「ええ、そうですね」

「さあ、リディ、エマ。ご両親が待ちわびているよ」


 リディはまた緊張した。会いたい、会いたくない。まだ、心の準備は整っていない。鼓動の音が大きくなった。疲れているからとか、そういうことを言えば、先延ばしにはなるだろう。しかし、そんなことをして何になるだろうか。


「リディ」


 エマはリディに手を差し伸べた。リディはエマの手を取って立ち上がった。エマはリディの手を両手でしっかりと握り、優しく微笑んだ。その瞬間、辺りが明るくなった。日の出だ。リディはエマの手を握り返し、微笑んだ。


 二人は両親の待つ屋敷へ向かって歩き出した。

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