第107話 周囲の反応
翌朝、リディの部屋を訪ねてきたエマは、マイリに王宮内の植物園や庭を案内し尽くしてもらったとご満悦だった。食事を取るのも忘れて、二人で遅くまで植物の観察を続けていたらしい。エマみたいなのがエルフ界にもいるとは驚きだった。
「昨日は何も言わずに寝ちゃってごめんね。もう、部屋に着いた途端、疲労がどっと押し寄せてきて、すぐにベッドに入っちゃったの」
「ああ、いいよ。楽しかったか?」
「とっても!ここでしか見れない植物もいっぱい見せてもらって、ほら見て」
エマはスケッチブックをリディに差し出した。リディはそれを受け取って、中身をパラパラとめくった。スケッチブックは、見たことのない植物のスケッチで埋め尽くされていた。リディは、エマが楽しく過ごしていたようで安心していた。
「楽しかったみたいでよかった」
「リディはどうしてたの?」
「今後のことを話してて……」
リディは言葉を切った。そういえば、エマはエルヴェ家の呪いのことや、リューディアの魂のことなどを、どこまで知っているのだろうか。もしかしたら、というか、もしかしなくても、何も知らないのではないだろうか。
「エマ、大切な話がある」
「なあに?」
リディはエルフの王から聞いた話や、その後の出来事を詳細にエマに話した。エマはいろんな表情をしながら、リディの話に集中して聞いていた。
「というわけで、家も無くなったことだし、呪い解いて、セルヴェ家へ戻ろうと思う」
「え?」
「呪いを解けば、私がセルヴェ家へ近づけない理由はなくなる。住む家も無くなった。戻らない理由がない」
「でも、リディ、貴族なのよ?」
「分かってる。なんとかなるだろ」
「でも」
「大丈夫だ。心配すんな」
リディは心配そうな顔でまだ何かを言おうとしていたが、ちょうどその時、ギルバートが部屋を訪ねてきた。いつもなら、面倒に思いながら扉を開けに行くリディだが、今日だけは、礼を言ってやっても良いと思った。
「エマも来ていたのか」
「ギルバート様、おはようございます」
「おはよう」
「朝食へ行こう」
いつもは誘われるまで朝食へ行こうとしないリディが、自分から言い出したのでギルバートは少し驚いた顔をしていた。リディは先ほどの話の続きをするのが嫌で、エマに口を開く隙を与えず、部屋から出ようとした。ギルバートは二人がなんの話をしていたのか、予想がついたらしい。リディの不自然な態度にも何も言わず、エマに話しかけ、エマの意識をリディから逸らしてくれた。リディはこの時初めて、なぜ研究所の人間が揃いも揃って、ギルバートのことを慕っているのかを理解した。
朝食を終えると、ギルバートは仕事をすると言って、行ってしまった。エマと共に残されたリディはどうしたものかと頭を捻る。エマは頑固だ。リディがエマのために、気が進まないながらもセルヴェ家へ帰るのを良しとはしないだろう。しかし、リディだって、エマの幸せを願っている。エマのためなら、多少の不便くらいどうということはない。
エマがリディの方を見て、口を開きかけたとき、リディとエマの間に何かが現れた。ボサボサの髪を三つ編みにした背の低い女。マイリだ。昨日とは違い、まだ服も顔も汚れていない。
「エマ!今日は新しい植物を植えるんだが、一緒にしないか?珍しい植物が手に入ったんだ」
突然現れたマイリは早口に言った。途端にエマは目を輝かせ、意気揚々とマイリについていった。リディのことは、完全に頭から離れたようだ。リディにとってもその方が都合がいい。エマがぐだぐだ言う前に呪いを解いてしまって、セルヴェ家へ帰ろうとリディは心に誓った。
リディは移動魔法を使い、ある部屋の前に移動した。そこがどこなのかは分からないが、部屋の中にはギルバートがいる。扉をノックすると、ギルバートの声が聞こえた。なんと言ったのかは分からなかったが、入れとかそういう感じの言葉だ。リディは扉を開いた。
「どうした?」
ギルバートはウィデル城から送られてきた書類に目を通しながら言った。
「リディですか?」
どこからかテオドアの声が聞こえてきて、リディは辺りを見回した。ギルバートはうんざりした顔で、自分の前を指さす。テオドアの前には、顔の大きさくらいの鏡が置いてあった。リディはその鏡を覗き込みに行った。そこには予想通りテオドアが写っている。
「久しぶり」
「お久しぶりです。お元気そうで」
テオドアはいつもの胡散臭い微笑みで言った。
「ちょうど良かった。テオドア、私はエマを連れてセルヴェ家へ戻る」
「そうですか」
テオドアは微笑んだまま言う。なんの反応もないことに、リディは拍子抜けしたが、しばらく微笑んだままだったテオドアの表情がいきなり崩れた。タイムラグがあっただけのようだ。
「……はあ!?正気ですか?あなたはセルヴェ家へは帰れないと言っていたじゃないですか」
「ああ、その件は解決しそうなんだ」
ギルバートはテオドアに、リディのことやセルヴェ家の呪いについて手短に説明した。
「それはそうとしても、貴族ですよ?それも伯爵家です。失礼を承知で申し上げますが、リディ、あなたにはとても……」
「無理だな。それくらい、分かってる。が、エマは一人でセルヴェ家へ戻らないだろう」
「それに、セルヴェ家の人間だって、戻らない理由がないリディをそのままにはしておかないだろう」
ギルバートは書類にサインをしながら、援護するように言う。
「そうですが……」
「エマがセルヴェ家へ戻れば問題はなくなる」
「リディ……ありがとうございます」
感極まった様子のテオドアに、リディは顔を顰めた。
「いや、全くお前のためでは無い。エマのためだ。全部エマのためだ。お前のことなんてどうでもいい」
「ははは。そうですよね」
そう言いつつも、テオドアは何度もリディに礼を言った。それが、「僕のエマのためにありがとう」と言っているように聞こえて、なんとなく癪に触った。
「テオドア、お前には、リディがセルヴェ家へ戻っても不都合がないように準備しておいてもらいたい」
「承知しました」
テオドアは恭しく頭を下げながら言う。そして、リディの方を落ち着きなく見た。
「それで、その、エマはどちらに?」
「エマならこっちの植物オタクと楽しそうにしてる」
嬉しそうにしていたテオドアの笑みが、急に引き攣った。
「そう、ですか。それは……安心、しました。それで、えっと、その植物オタクというのは……」
どうやらエマが他の男と仲良くしているのではないかと心配しているようだ。リディは揶揄ってやろうかとも思ったが、真剣な人間を揶揄うのはよろしくないだろうと思い直した。
「安心しろ。女だ」
途端に、テオドアは安堵の表情を浮かべる。本人は隠せているつもりなのだろうが、エマのことになったら本当に分かりやすい奴だ。
「そうですか。ではエマにもよろしくお伝えください。私は少し席を外します。シリル、ギルバート様を見張っておいてください」
鏡からテオドアが消え、代わりにシリルの姿が映った。シリルは一人で政務官の真似事を続けているらしい。可哀想に。
「リディ久しぶり」
「久しぶり。元気か?」
「うん、まあね。リディって呪われてたんだね」
「お前も話聞いてたのか」
「うん。ずっといたから聞こえてた」
「まあ聞かれても別にいいけど。それと、私が呪われてるわけじゃなくて、セルヴェ家が呪われてるんだ」
「そうだったね。それより、ギルバート様、俺はいつまでここでこうして働けばいいんですか。派遣棟に戻りたいです」
「俺たちが帰るまで大人しくしてろ」
「……はーい」
その後、リディは哀れなシリルの話し相手になってやった。二人が話し続けていると、ギルバートもやる気を無くしたようで、話に加わった。
一時間ほどして帰ってきたテオドアに怒られたのは言うまでもない。
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