第104話 ライネとヨニ
マイユールでの戦いは国側が勝利を収め、リューディア一派のエルフ数名を捕らえ、そのうち二名が自害するという結果で終わったらしい。リディの家やエマの温室、そして、その周辺は甚大な被害を受けたが、エルフの魔法によって、周囲の樹々は再生された。家や温室の修復はなされず、綺麗に更地になった。
もう住めないのだから、必要ないだろうという判断だ。
翌日、リクハルドに呼ばれ、リディとエマ、ギルバートの三人は大きな水盆のある部屋へやってきた。水面には、各地の風景が写っていた。エルフが監視を続けている地の風景だろう。
「ウィデリアンド王都および、セルヴェ領の警備を強化する。新たに強力な守護魔法をかけるわけだが、少し時間がかかる。君たちには、もうしばらくここにいてもらう。ギルバート、お前もだ。とはいえ、お前は仕事が溜まっているらしいから、仕事をできる環境を整えた」
淡々と話を続けるリクハルドに、ギルバートは小さく舌打ちした。隣にいるリディには聞こえるが、その隣にいるエマにはもう聞こえないくらいの小ささだった。
「ありがとうございます」
「早速仕事に励みなさい」
ギルバートはリクハルドの従者に連れられ、部屋を出ていった。
「さて、エマは植物学者だとか」
「左様にございます」
「王宮内には、さまざまな植物がある。庭や植物園もたくさんある。君さえ良ければ、案内の者をつけよう」
「ぜひ、お願いいたします」
エマは目を輝かせて言った。
「マイリ、エマを頼む」
リクハルドが言うと、背が低く、長い髪を適当に三つ編みにしたエルフの少女が現れた。全身泥まみれで、顔まで汚れている。耳はエルフらしく、尖っていて長いが、髪の色は赤みがかっていて、金髪というより、赤銅色に近い。
「はじめまして、エマ。マイリだ。私も植物学者だ。よろしく頼む」
「よろしくね、マイリ」
エマはマイリと共に部屋を出ていった。リディはエマの楽しそうな背中を見送り、リクハルドに向き直った。
「人払いをして、何の話ですか?」
リディはため息をつきそうなのを必死に堪えて言った。面倒ごとの予感しかしない。
「頼みたいことがある」
リクハルドがにこりと微笑むと、移動魔法を使われた感覚があり、薄暗い部屋に到着していた。広い部屋は、白いカーテンで区切られている。カーテンが開いているところには、空のベッドが見える。どうやら、診療所のような場所らしい。
「こちらへ」
リクハルドはそう言いながら、部屋の奥へ進んでいき、一番奥のカーテンを開く。カーテンの向こうには、ベッドが二台あり、それぞれに人間が横たわっていた。その顔は蒼白で、死んでいるようにしか見えない。
「これは……」
そう言いかけて、リディはハッとした。見たことのある顔だった。
「ライネとヨニですか?」
「そうだ」
魔力の気配は感じられない。しかし、微かに呼吸をしている。死んではいないようだ。
「彼らは魂を失ってしまった」
リディには、どちらがライネでどちらがヨニなのか分からなかった。見たことがあるだけで、話したことはない。それでも、二人を放っておくことはできなかった。シリルの悲しむ顔は見たくない。
「リューディアによって、魂を取り出され、融合させられ、壊れてしまった。しかし、彼らはまだ生きている」
リクハルドは淡々と話を続ける。
「人間の魂は、死ぬまで消滅しない。おそらく、この世のどこかを彷徨っているのだ。呼び寄せの呪文で魂の回収を試みたが、ダメだった。リューディアはただ魂を取り出したのではなく、黒魔術を使用したのであろう」
リクハルドはリディの反応を窺う。リディはベッドに死んだように横たわる片方の手に触れた。酷く冷たかった。
「私にできることがあるんですね?」
リディが言うと、リクハルドはゆっくりと頷いた。
「術者であるリューディアの魂をもってすれば、彼らにかけられた黒魔術を解くことができるだろう。オーラの呪いを解いたのと同じように」
リディはゆっくりと息を吸い、そして吐いた。リクハルドを見上げる。リクハルドはリディの決意を読み取り、準備にとりかかった。
少しの間、部屋で待つように言われ、十分ほどすると、リクハルドが迎えにきた。準備が整ったと言い、リディを連れてある部屋へ移動した。オーラの呪いを解いた部屋だった。オーラの呪いを解いた時のように、ライネとヨニが部屋の中央にあるベッドの上に寝かされ、エルフが等間隔で並びそれを囲んでいた。ライネとヨニのそばには、セラフィーナもいた。リディはライネとヨニの方へ歩いていった。リディが定位置につくと、セラフィーナの合図で周囲に結界が張られる。
リディはまず、一人目の胸に手を置いた。オーラの呪いを解いた時と同じように、全てが分かった。何をすればいいのかは明白だった。リディはもう一人の方の胸にも手を置いた。二人とも同じことをされている。リディは宙に魔法陣を描き始めた。リクハルドは結界の外からリディの描く魔法陣を険しい顔で見ていた。セラフィーナも魔法陣を見て、目を見開いている。禁じられた魔術なのだろう。魔法陣を描き終えると、リディは自分でもよく分からない呪文を唱えた。勝手に頭の中に浮かんできた呪文だ。リディは自分で自分が何をしているのか、分かってはいたが、説明はできなかった。どうしたらいいかは分かるが、なぜそうしなければならないのか分からないまま、魔法書の手順に従うように、頭に浮かんだことをやっていった。
オーラの時のように、邪魔は入らなかった。マイユールでの戦いで、リューディアたちの体制は万全ではないのかもしれない。もしくは、人間が生きようが死のうがどうでもいいのか。
全てが終わると、二人はゆっくりと目を開いた。
「リディ……?」
片方がうわ言のように呟いた。
「久しぶりだな」
「ここは……?どうして、君、が……」
リディが答える間もなく、治療師が何人かやってきて、二人を囲んだ。リディの役目は終わったらしい。セラフィーナがリディの肩を抱き、治療士に囲まれる二人の元から離れると、リクハルドの方へ向かった。
「リディ、ありがとう」
リクハルドは暗い表情のまま言う。二人が助かったというのに、これから葬式にでも出るかのようだった。
「仲間を助けただけです」
「彼らはもう大丈夫だろう。後のことは治療師たちに任せて、少し話をしよう」
リクハルドはリディの肩に手を置いた。リディはライネとヨニの件が本題だと勝手に考えていたが、違ったらしい。本当の面倒事はこれから起こるようだ。
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