第101話 オーラの回復

 身支度を整えていると、扉がノックされた。リディは立ち上がる。どうせギルバートだ。リディが目を覚ましてからというもの、ギルバートは毎朝リディの部屋を訪ねてきていた。そして、リディの顔を見ると、安堵の表情を浮かべるのだった。リディが生きているのを確認しなければ不安なようだ。


(そんなに簡単に死なねえよ)


 リディはそう思いつつ、扉を開ける。扉の向こうには、予想通りギルバートの姿があった。


「おはようございます」

「ああ。変わりないか」

「元気です。昨日も一昨日もそうだったでしょう。今日も元気、明日もきっと元気です」

「……朝食に行こう」


 リディはギルバートの誘いに乗り、朝食をとりに行くことにした。リディは毎食、エルフの王族たちと食事を共にしていた。親族であるギルバートは分かる。しかし、なぜ何の関係もないリディまで同席しなければならないのかは分からない。かと言って、断るのも面倒なのでそのままにしていた。


「おはよう」

「おはようございます」


 エルフの王が言うと、ギルバートが返す。リクハルドとその妻、そして四人の王女たちも同じように声をかけてくる。ギルバートはそれに返事をしながら定位置に座った。リディもその隣に座る。


 儀式が終わってから、リディは食事の量が増えた。アネルマによれば、身体の作りがエルフに似るからだと言う。魔力の補充を休息だけではなく、食事からも行うようになるらしい。


 そうは言っても、完全なエルフではないため、やはりエルフの食事はリディには多すぎる。リディは半分ほど食べると、食後のコーヒーを飲み始めた。


「リディ、体調はどう?そろそろ本調子かしら?」


 セラフィーナがリディに尋ねた。


「はい」

「オーラの呪いを解いてもらえないだろうか」


 リディの返答を受けて、リクハルドが言う。ギルバートは、探るような目つきでリクハルドを見ていた。また、危険なことが起こるのではないかと心配しているのだろう。リディはギルバートの様子には気づかなかったふりをして、ゆっくりと答えた。


「分かりました」




 食事を終えると、オーラのもとへ連れて行かれた。リクハルドのほか、四人の王女たちも同行した。ギルバートは当然のようにリディにぴったりとくっついてきた。エルフたちも、何を言ってもギルバートはリディから離れないだろうと、好きにさせているようだった。


 オーラはベッドの上に横たわっていた。顔は青白く、生気がない。死んでいると言われても誰も疑わないだろう。魔力の気配すらも感じられないのだから。


「リディ、準備はいいか?」


 リクハルドは尋ね、ギルバートはエルフの従者たちによって、リディから離された。リディは軽く頷き、オーラの方を見る。目を閉じたまま、死んだように横たわるオーラの前に立った。周りには、心配そうにリディを見つめるエルフが数名立っている。その中に、スロの姿もあった。


 リディはオーラの胸のあたりに手を置いた。オーラの身体は冷たく、血の流れが感じられない。オーラに触れた途端、リディには、オーラにかけられた呪いの全てが分かった。複雑な呪いだったが、解き方は分かる。リディは呪いを丁寧に解いていった。すぐにオーラの心臓がどくんと脈打ち、少しずつ、オーラの顔に血の気が戻ってくる。あと少し、そう思った時、オーラの身体から、黒い何かが出てきた。その影のようなものは、じわじわとリディの手を侵食していった。


「リディ!」


 ギルバートが叫んでいたが、他の者に止められ、近づくことはできないようだ。セラフィーナがリディとオーラの周りに結界を張った。あと少しなのに、黒い影のせいで、何もできなくなった。どこかで手順を間違えたのか?呪いに反撃を喰らっている。しかし、どう考えても間違ってなどいなかった。やはり、リューディアの魂が半分あるだけではダメなのか。


(オーラ!目を覚ませ!これくらい、自分の力で破れよ!あと少しだろ!)


 リディは反対呪文を唱えながら、頭の中でオーラに呼びかけた。リディを侵食する黒い何かは、とうとうリディの肩に達しようとしていた。肩を過ぎれば心臓まではすぐだ。もう時間がない。


(オーラ!)


 リディは必死に呼びかけ続けた。黒い何かに侵食された腕は鉛のように重く、冷たくなっていた。反対呪文は効いているのかどうかよく分からない。黒い何かは心臓に迫っている。もう無理だ、そう思った時、リディの真っ黒になった手首に感覚が戻った。見ると、オーラの手がリディの手首を掴んでいる。


「すみません、遅くなりました」


 オーラは苦しそうに、それでも笑って言う。


「ほんとに、遅えよ」


 リディの手を侵食していた黒い何かが、オーラが掴んでいるところから少しずつ消えていく。感覚も戻ってくる。


「もう少し耐えてください」

「ああ。お前もな」


 リディの腕を侵食していた黒い何かはオーラの魔法によって消え去った。腕が動くようになると、リディはオーラの呪いを解き終えた。気力の切れたリディは、ふらついた。オーラは身体を起こしながら、リディを支えた。そして、そのままリディを自分の方へ引き寄せる。


「リディ、ありがとうございます」

「いや……元はと言えば私のせいだし」

「それもそうですね」


 オーラが悪戯っぽく笑うので、リディもつられて笑った。


 その後、オーラは検査をするとかで連れて行かれてしまった。リディの方も、魔力を使い果たしてへとへとだったため、部屋に下がった。なぜか機嫌の悪いギルバートもついてきたが、追い返すのも面倒で何も言わなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る