第80話 緊急事態
オーラがいなくなったことに気づいてから数十分後、ついにギルバートはノアの胸ぐらを掴み、壁に叩きつけた。テオドアは止めようとしたが、憤るギルバートを止めることはできなかった。
「オーラはどこだ!?」
「すぐに戻るかと」
「嘘をつくな。リディとシリルが地図上から消えている」
ギルバートは、少し前までリディたちの現在地を示していた地図を指差しながら言った。
「二人の居場所へ移動しようとしても、魔法がかき消される」
「落ち着いてください、ギルバート様。あなたがここで喚いても何も変わりません。お二人のことは、オーラが命に変えてもお守りします」
「信用できるか。ライネとヨニがどうなっているかも言わないくせに。貴様らは何様のつもりだ」
「ギル、落ち着け」
テオドアは今にもノアを殴りそうなギルバートを懸命に止める。部下想いなのは良いことだが、ギルバートはそれが過ぎる。上に立つ者として、もう少し冷静さを身につけてもらいたいものだが、そんなことを言えば、上に立ちたいとは思っていないとかなんとか言って、また文句を言い連ねるだろう。
「ギル、ノア殿が悪いわけではないだろう。とりあえず離れろ」
テオドアはギルバートを力づくでノアから引き剥がした。ギルバートは不満気にテオドアの腕を振り解いたが、ノアに掴みかかろうとはしなかった。
「リディとシリルはどこにいる?」
「分かりません。オーラが一緒にいることは確かです」
「オーラが一緒にいたところで、二人に何かあったら意味がない」
「重々承知しております」
ノアはため息混じりに言うと、ギルバートの目を見つめた。すると、ギルバートはノアに倒れかかった。ノアは当然のようにギルバートを抱きとめ、テオドアに押し付けた。ギルバートは眠っているようだ。
「すみません。あまり喚かれると、他の者との連絡に支障をきたすので」
ノアはすました顔で言うと、テオドアを見た。その顔からは緊迫した状況であることが読み取れた。
「ギルバート様に言うと暴れると思いましたので、言いませんでしたが、かなりまずい状況になってしまいました。全ては我々の落ち度です」
テオドアはギルバートをソファに横たわらせた。ギルバートの意識を失わせたのは賢明な判断のように思える。
「リディとシリルは今どこに?」
「厳重に隠された場所に迷い込んでしまいました。オーラが帰ってこないということは、オーラにもその守りが破れないということでしょう。他の者が、救助に向かっています。守りの突破は時間の問題かと」
「分かりました。今は待つしかありませんね」
「ええ。非常事態ですので、ギルバート様には王宮へお戻りいただきます。エルフの人員がオーラたちの救出に割かれている今、何か起こった時、この小さな城でギルバート様をお守りすることはできません」
「分かりました。すぐに戻りましょう」
テオドアがそう言うと、ノアは移動魔法を使った。次の瞬間、テオドアたちは王宮へ戻っていた。
「帰ったか」
状況を把握しているらしいアレクシスがそう言いながら近づいてくる。
「ただいま戻りました。ギルバート様は少し、かなりお怒りになり、冷静さを失っておりましたので、少し眠ってもらっています」
アレクシスはノアの近くに浮かんでいるギルバートを見た。
「ああ、それは構わない。引き続き、警護を頼む。テオ、少しいいか?」
「ええ」
ギルバートはノアが部屋へ連れて行ってくれるようだったので、テオドアはアレクシスについていった。
「今回の視察の件だが、陛下には上手く言っておいた。リディとシリルが偶然事件に巻き込まれてしまったと」
「ありがとうございます」
「陛下はギルが無事ならそれで良いようだ。少し無理のある説明に対しても、特に追求はなかった」
アレクシスは早足で歩きながら、早口で言う。とりあえず、フリンツァー家の件は不問となるらしいが、そんなことはどうでもいい。
「リディとシリルはどうなっているのですか?」
「まだ連絡はない。エルフの時間感覚は人間とは合わんからな」
「エルフがここまで関与してくるということは、相手がエルフなのですね?」
「ああ、そうだ」
「ライネとヨニを攫った者と同じですか?」
「そうだろうな」
「ライネとヨニはどうなりましたか?」
「……順調に回復しているとは言い難い状況だ。しかし、エルフによる懸命な治療が続けられている。二人もきっと回復する」
「そうですか」
「他に聞きたいことは?」
「……ギルを殺そうとしているのも、同じ者ですか?」
「恐らくそうだ」
テオドアは拳を強く握った。
「そろそろ戻れ。ギルバートのことをよろしく頼む」
「はい」
早足で歩いていくアレクシスの背中を見送り、テオドアはギルバートの部屋へ向かった。
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