第77話 魔力の強い双子

 翌朝、食堂へ行くとテオドアが戻ってきていた。テオドアはリディの顔を見るや否や、頭を下げる。何事かと思ったが、テオドアはさっと顔を上げると、こう言った。


「リディ、昨日は失礼なことを言ってしまい、申し訳ありませんでした」


 話し方も、崩れない微笑みもいつもどおりだが、リディは何に対して謝罪されているのか分からなかった。少し考えて、リディの顔を見たくないとかなんとか言っていたなあと思い出す。


「いや、気にしてない。いろいろ複雑だろうが、エマのことは悪く思わないでやってくれ」

「悪くなんて思っていませんよ。エマの気持ちも理解できます」

「ならいいけど」


 朝食を食べていると、シリルも起きてきた。眠そうな顔をしていたが、テオドアを見ると、ほんの少し笑った。


 三人が朝食を食べていると、慌ただしくギルバートが食堂へ入ってきた。そして、空いている席に腰掛けた。エルフの二人はギルバートの後ろを優雅に歩いてきた。


「また双子が姿を消した」


 苦々しげに言うギルバートを三人は見つめた。


「残るは双子七組か」

 リディは呟く。ギルバートは頷いた。


「いなくなった人たちの調査をするより、残ってる双子の監視した方が早いんじゃないですか?」


 シリルが言うと、テオドアは首を横に振る。


「この人数で監視するには多いです」

「魔力が強くないのは監視しなくていいんじゃねえの?」

「確かにそうですね」

「保有魔力を調べるのが面倒だな」


 ギルバートは静かに言った。


「それなら、出生時に調べる保有魔力の潜在値のデータを管理局が持っているはずです。調べてみましょう」


 テオドアは席を立ち、部屋を出ていった。


「保有魔力の潜在値?なんだそれ?」

「お前そんなことも知らないのか」


 ギルバートはカゴからパンを取りながら言った。リディが何も知らないことに慣れてきているのか、呆れた様子すら見せなくなった。


「生まれた時に、みんな魔力の検査をするんだよ。洗礼のついでに」


 シリルが説明する。シリルが知っているくらいだから、かなり常識的なことらしい。


「潜在値は進学や就職時の参考にされる。潜在値によって、伸び代が分かるからな」


 ギルバートがシリルの説明を補足する。


「へえ」

「お前の潜在値は、明らかに改竄されていた」

「え」


 ギルバートの突然の暴露に、リディもシリルも驚いてギルバートの方を見た。ギルバートは平然とコーヒーを飲んでいた。


「改竄……」


 シリルがなんとも言えない表情でリディを見つめていた。そんな顔をされても、リディがしたわけではない。


「普通、改竄するとなれば数値を大きくするものだが、お前の場合は大幅に小さくされていた。リディほどの魔力があれば、王立機関に目をつけられるからな。それを避けようとしていたんじゃないか?」

「なんで?」


 シリルは信じられないという顔でリディを見つめる。


「知らねえよ。私がしたわけじゃない」

「まあ、お前の凡ミスでそういった小細工も無意味だったがな」

「あんなクソ田舎に王子が来なければバレることはかったんですけどね」


 そんな話をしていると、テオドアが戻ってきて、一枚の紙をギルバートに手渡した。


「強めの魔力を持つのは、あと一組だけか」

「じゃあそいつらを監視しますか?」

「そうしよう」

「六人で行くと邪魔だから、私とシリルだけで行きます」


 リディが言うと、シリルも頷く。


「いや、俺が行くからお前らはここにいろ」

「それは本当に意味がわかりませんので」


 言い争っていると、やれやれといった様子ってオーラが前へ進み出た。そして、両手を軽く合わせると、手の間から光が漏れた。オーラが手をゆっくりと開くと、そこから、小さなリスが現れた。


「こちらをお持ちください。私の分身です。これで、あなた方の状況を観察できますし、何かあればすぐに駆けつけることができます。簡易な魔法でしたら使うこともできますので、お二人が怪我をされることはないでしょう。なので、ギルバート様は城で大人しくしておいてください」


 リスはシリルの肩に乗った。シリルは興味深そうにリスの鼻先を指で撫でた。ギルバートは不満気に何か言おうとしたが、それより先にオーラが口を開く。


「それでも心配であれば、お二人に守護の魔法をかけておきましょう」


 オーラは素早く二人に魔法をかけると、これで「満足ですか?」と言いながら、ギルバートに向かってにっこりと微笑んだ。ギルバートはまだ不満気であったが、椅子の背もたれに身体を預け、偉そうに腕を組んだ。文句を言うのはやめたらしい。


「では、いってきます」


 リディはシリルと共に魔力を持つ双子の元へ移動した。




 二人が到着したのは、大きな街だった。東部地域出身のシリルによれば、東部で最も大きい街の一つらしい。建物も道も、全て煉瓦造りとなっていて、全体的に赤茶色な街だった。街のメインストリートはいたるところに花が飾られ、出店が立ち並び、人通りも多かった。休暇中なので、お祭り騒ぎをしているようだ。浮かれた人間もあちこちにいる。


 リディとシリルはテオドアにもらった情報を元に、双子の家に向かっていた。その道中、そっくりな二人組の男を見つけた。なかなか魔力が強そうだ。


「あの二人だな」

「うん」


 シリルは肩に乗せたリスを指で撫でていた。


「どこ行くんだろうな?」

「買い物かな?」


 双子について行くと、二人はリディたちが通ってきたメインストリートへ入った。休暇中なので、家族でパーティでもするのだろうか。出店で買ったものを食べたり飲んだらしながら、食材をたんまり買い込むと、家に戻った。家の中まで入ることはできないため、リディたちは近くの家の屋根の上に腰掛け、双子の家を見張ることにした。その後は特に何も起こらず、訪問者もいなかったた。そのまま時間だけが経過していき、あっという間に真っ暗になった。家からは二人の魔力の気配がしているし、今日は何も起こらなかったということだろう。


「どうする?このまま見張る?」

「うーん。夜は冷えるしなあ。全員、日中に消えてるみたいだし、夜はないんじゃね?」

「じゃあ、監視魔法だけかけて、帰ろうか」


 シリルが宙に魔法陣を描くと、双子の家に向かって飛んでいった。双子の家が淡く光り、すぐに元に戻った。


「どれくらい持つ?」

「明日の朝九時くらいまでは持つかな?」

「双子が起きるまでにはこっちに来といた方がいいな」

「うん、明日は六時くらいに来よう」


 二人は街の喧騒を後にオリオル城へ戻った。何もなかったことをギルバートに報告して、早めに就寝した。魔法をかけていると言っても、目を離す時間は少ないに越したことはないからだ。

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