第78話 誘拐
翌日も二人は早朝から双子の家を見張っていた。
何事もなく昼になり、シリルが調達して来た昼ごはんを食べた。その後も、何も起こらず、二人で双子の家を眺め続けた。二日目ともなると、リディはすっかり気を抜いていた。おそらくシリルもそうだった。二人に地味で根気のいる任務など合わないのだ。
「痛っ」
昼食から数時間ほど経った頃、シリルが小さく叫んだ。
「なんだよ」
「リスに噛まれた。あ!リディ」
シリルは双子の家の方を指さす。若い女が一人、双子の家の扉を叩いていた。シリルが気づかなければ、危うく見逃すところだった。戸口には双子の片方が出て来た。女とは知り合いらしかった。そのうち、もう一人も出て来て、双子は女と共に家を出た。
「あの女」
「怪しいよね」
リディとシリルは互いに言った。二人で家を見張っていたのだ。いくら気を抜いていたと言っても、さすがに二人して訪問者に気づかないなんてありえない。しかし、シリルがリスに噛まれなければ、二人はあの女を見逃していた。
女に連れられ、どこかへ行く双子の後を追ったが、通りにいる人々に、女と双子はまるで見えていないかのようだった。三人は人と人の間をするすると蛇のようにすり抜けて行く。誰も、三人の方を見ない。
「幻覚魔法の一種だね」
「ああ。特定の奴以外には姿が見えなくなるんだろうな」
女と双子は街を出て、森の方へ歩いて行く。人通りがなくなり、こっそりついて行くのが困難になったとき、リスが小さく鳴いた。すると、リディとシリルの身体は透明になった。
「エルフはやっぱり格が違う」
「本当に。やり合える相手じゃないね」
透明になったリディたちは、森へ入る三人に堂々とついていった。三人は、黙々と歩き続け、森深くへ入っていく。女たちは歩みを止める様子はない。しばらく歩き続け、リディはようやく異変に気づいた。
「ここ、さっきの森か?」
「え?」
シリルは周囲をキョロキョロと見回した。
「植生が違うね……」
「植物のことはよく分からねえけど、魔力の気配が全然違う。魔力を持った動物や植物が明らかに多くなってる」
こんなにあらゆる場所から魔力が感じられると、魔力の気配が探りづらく、よくない状況だ。それでも女と双子は歩き続けているし、二人を追うか、引き止めるかしなければならない。リディには嫌な予感がしていた。
「オーラは何をしてるんだよ」
「お呼びですか?」
リディが悪態をついた瞬間、オーラが現れた。
「お前だけか?」
「ええ。ギルバート様にあまり危険な場所へ行ってもらいたくないのは、我々も同じですから。バレないように私だけこちらに来ました。まあ、正確に言えば、分身をここに置いている私しか来れなかったのですが」
「どうでもいいけど、ここどこだ?」
「どこでしょうね?厳重に魔法で隠された場所です」
「お前にも分からないってことは」
「ええ。エルフの魔法です。エルフが加担しているだけなのか、首謀なのかは分かりませんが、とにかく今はここから離れることに専念しましょう」
「離れる?あの双子はどうするんだよ」
「私の思っている通りであれば、すでに行方不明になっている方々も、あの二人も死ぬことはありません」
「なぜそう言い切れる?」
オーラはリディの言葉を無視して、魔法陣を書き始めた。構造も文字も何もかも見たことのない魔法陣だった。しかし、オーラがその魔法陣を発動させても何も起きない。
「だめですね。やはり術者に守りを解除させるか、外の者が守りを破ってくれるのを待つしかないか」
オーラは逃げるのを諦めたようだった。そんなことをしている間にも、女と双子はどんどん森の奥深くへ進んでいく。
「まあ、首謀者が人間なら、私が負けることはありませんし、エルフなら私が死のうとも、あなた方が死ぬことはないので、大丈夫です」
「どういう意味だ?」
「エルフは多種族を殺せません。多種族を殺せば神の罰が下り、自らも死んでしまいます」
「本当かよ」
「そう言われていますよ。向こうも危ない橋は渡らないでしょう」
「でも、ギルバート様のことは殺そうとしたよね?あれ、エルフの仕業だったんでしょ?」
シリルはゆっくりと言った。そういえばそんなこともあったなとリディは思った。
「ギルバート様は、ハーフエルフです。しかも、許されない婚姻のもと夫婦となった者たちの子です」
「だから、殺してもいいって?」
「向こうはそう考えているのでしょうね」
「さっきから向こう向こうって、誰の話してんだよ」
「止まってください」
突然、オーラはリディたちを制し、木の影に隠れさせた。女と双子は立ち止まり、女の方が何やら呪文を唱えているようだ。女が呪文を唱え終わると、空間が歪んだ。木々が伸びたり縮んだり曲がったりしている。女たちの前にあった木は横に飛び退くように移動していき、木の代わりに何かが姿を表し始めた。リディにはそれが何か分からなかったが、その物体はだんだん形を成していく。少しすると、女と双子の前には小さな小屋が建った。なんの変哲もない、ただの物置小屋だ。女と双子は、その小屋へ入っていく。
「おそらく、ここへ迷い込んだ時点で我々の存在に気づいているでしょう。ここで仲間が守りを破ってくれるのを待つのもいいですが、向こうが出向いてくるのが早いか、仲間が守りを破るのが早いか……難しいところですね」
オーラはため息をつきながら言う。
「今頃ギルバート様が大騒ぎしている頃でしょうか。あなたたち二人を無事返さねば、あの方は今度こそ、エルフを受け付けなくなるでしょうし困りました」
オーラはつらつらと述べ、面倒くさくなったリディは小屋へ駆け寄った。ここで待っていても敵は出てくるかもしれない、その上双子のことは助けられない。それならば、小屋へ行った方がいい気がしたのだ。シリルも同じ考えのようで、リディについて来た。オーラの方もため息をつきながら二人の後に続く。絶望的な状況で、二人の無茶を止める気さえ起きないようだ。
小屋はまた消えようとしていた。リディは間一髪のところで、扉を開ける。三人は、縮んでいく小屋に吸い込まれていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます