第76話 謝罪

 ギルバートはため息をつきながら自分の部屋へ戻ると、魔法陣を描いた。テオドアの居場所を探すための魔法だった。テオドアの元へ移動魔法で行こうとしたら、弾かれたのだ。捜索防止の魔法を使っているのだろう。略式魔法ではそれを破れないが、魔法陣を使えば、テオドアの魔法を破るなど容易なことだ。


 正直、テオドアの元へ行って、何を話せば良いのかは分からない。しかし、行かなければシリルにまで見捨てられるかもしれない。シリルのことは、昔から弟のように可愛がってきた。そのシリルが、自分よりテオドアの方につくとは思わなかった。それに、テオドアもテオドアだ。文句があるならその都度言えばいいのに、あいつはいつも溜めて一気に発散する。立場上仕方ないのかも知れないが、ギルバートにとっては、リディくらい正直に生きてくれた方が助かる。


 魔法陣で、テオドアの居場所を突き止めたギルバートは、テオドアの元へ移動した。


「テオドア」


 ギルバートが声をかけると、テオドアは驚いた様子で振り返る。


「どうして、ここが……」

「お前の魔法くらい破れるに決まっているだろう」

「そうだけど、魔法陣描いてまで来るとは思わなかった」


 確かに、シリルがあんなにギルバートを追い立てていなければ、捜索防止魔法に怒って、テオドアを探しにきたりはしなかっただろう。


 ギルバートは、テオドアの隣に腰掛けた。


「ここはパトローニ領か」

「ああ。姉さんに会ってきた」


 目の前には海が広がっていた。夜の海は静かに波の音を立て、他の音を全て吸収しているように感じた。


「グレースか。元気にしていたか?」

「ああ。怒られたよ」

「お前は悪くない」

「いや、僕が悪いよ。エマとのことで、ギルに八つ当たりしたんだ。リディにも」

「リディは気にしていない」

「そうだろうね。リディはあんな感じだけど、なんだかんだ寛大だから」


 リディが寛大と言われると違う気がするが、いつも文句を言いながらも動いてくれることは確かだ。


「テオドアには、いつも迷惑をかけてすまないと思っている」

「本当だよ」


 星々が真っ黒な水面に写り、無限に広がる夜空のようだった。


「ギルの補佐官に任命されてすぐ、ギルが研究所の責任者になって、大変なことばかりだった。まあ、それまでもギルには振り回されてたけど」


 ギルバートは二年前のことを思い出した。成人になり、仕事を与えられたときのことを。テオドアはまだ学生だったが、ギルバートをしっかり支えてくれた。


「あの頃の研究所は最悪だった。全てを変えるには、もっと時間がかかるだろうと思っていたけが、こんなにすぐ立て直せたのは、テオドア、お前のおかげだ」

「僕は手伝っただけだよ。ギルが全てを変えたんだ」

「手伝いがなければ俺は何もできん。俺は、お前に戻ってきてもらいたい」

「……」


 テオドアはよく分からない表情でギルバートを見つめて、何も言わなかった。ギルバートはテオドアの予想外の反応に、戸惑った。


「本当に戻らないつもりか?」

「僕がモルテス家から追い出されれば、エマとも結婚できるしちょうどいいかなと思って」


 テオドアは軽い調子で言う。テオドアが本気で言っているわけではないことが分かり、ギルバートはイラついた。人がせっかく真面目に話しに来てやったのに。


「ふざけるのもいい加減にしろ。エマは本当にお前と結婚したくなくて求婚を躱しただけかもしれないだろう」

「……そうかもしれないな」


 テオドアは突然落ち込み、項垂れた。ギルバートの苛立ちは増していくばかりだ。こんなに情緒不安定なテオドアなど見たことがない。


「面倒臭い奴だな。冗談に決まっているだろう。エマはお前のことが好きだ。エマとの結婚の話は俺がどうにかしてやる。だから戻ってこい。お前以外に補佐を任せられる奴なんていない」


 テオドアはため息をつきながら顔を上げた。


「そんなこと言われなくたって戻るよ。別にエマとのことをどうにかしてもらいたいわけじゃないしね。でも、これからはもっと大人しくしてくれ。ギルがマティアス様に怒られて済む話じゃないんだからな」

「分かってる。今回のことは、お前は何も知らなかったとちゃんと伝える。ドロシア殿もその辺りの事はよく考えてくださっているだろう」


 ギルバートは立ち上がった。


「帰るぞ。シリルが待ってる」

「シリルが?シリルはギルの肩を待つと思ってたけど」

「何言ってるんだ。お前の肩を持って、いつになったら連れ戻しにいくんだと詰められた」

「シリルがそんなことをするなんて意外だね。シリルの言うことをギルが素直に聞き入れるのも意外だけど」

「子どもに冷静に正論を言われるとなかなか堪えるぞ」


 テオドアは笑った。


「シリルも成長したなあ」

「まだ子どもだ」

「来年には成人だよ」

「そうか。もう十六になるのか。いつまでも子どものような気がしていたが」

「イメージはそうだね。でも、魔法の方は大人顔負けの実力をつけた。魔力の大きさは僕の方が上だけど、シリルは力の使い方が上手い。実践で言えば、僕は抜かれただろう。十代ではリディの次だろうね」

「まあ、かなり差があるがな。リディは魔力が桁違いだから仕方がないか」

「シリルはリディと組ませてよかった。リディの魔法をよく見て、吸収してる。本当に急成長してるよ。ダリオみたいに、昇級試験受けたくないとか言わなければ良いけど」

「ああ、その話だが、制度を変えようと思ってる。お前の仕事が増えるが」

「制度を良くするためなら仕方ない。頑張るよ」

「……ありがとう」


 ギルバートはテオドアに手を差し出した。テオドアはギルバートの手を取り、立ち上がる。二人は顔を見合わせて、少し笑った。

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