第73話 勅命
翌朝も正装し、リディはシリルと共にドロシアの部屋へ向かった。扉をノックして、返事があったため、リディだけが部屋に入った。ドロシアはすでにほとんど準備を整えていた。
「あら、リディだけ?もう髪飾りをつけるだけだから、シリルも入っていいわよ」
ドロシアがそう言うと、シリルが部屋に入ってきた。
「二人にお客さんが来てるわ」
「客?」
部屋の隅から、オーラが現れる。
「守護魔法をかけに来ました」
オーラは昨日と同じ手順でシリルに魔法をかけた。そしてリディに近づき、魔法をかけるふりをしながらこそこそと話しかけてくる。
「リディさん、お聞きしたいことが」
「なんだよ」
「ギルバート様と恋仲だというのは本当ですか?」
「はあ!?」
リディが大きな声を出したので、シリルもドロシアもドロシアの周りにいる大勢の侍女たちも一斉にリディを見た。
「悪い、なんでもない」
皆、興味津々らしかったが、リディの言葉で正面に視線を戻した。
「そんなわけねえだろ」
リディはこそこそとオーラに言い返す。
「やっぱりそうですよね。そんな気はしていたのですが、ギルバート様がそう言い張るので、リディさんといらっしゃる時には、姿を見せるわけにもいかず」
「あの野郎、そんなこと言ってやがったのか」
「大丈夫ですよ。陛下やアレクシス殿下にも同じような嘘をついているようですが、誰も信じていませんし、ギルバート様も誰も信じていないことを知っています。ただ、ギルバート様がそう言い張る限り、我々は嘘だと決めつけるわけにもいかないのですよ」
ギルバートもよくそんなことを思いつくものだと、リディは呆れを通り越して感心してしまった。勝手に言い訳に使われているのは気に食わないが、面倒だし放っておくことにした。オーラはリディに守護魔法をかけるとギルバートの元へ戻っていった。少し待つと、ドロシアも準備を終えたため、リディとシリルはドロシアの後に続いて部屋を出た。
婚約の儀式をしたり、国民にお披露目したりと慌ただしい一日だったが、リディとシリルはドロシアの後をついて行くだけで、特にやることもなく、楽な一日だった。昨日ドロシアから聞かされた失踪事件の話がなければ、本当に楽な良い任務だっただろう。
「あの話、どうする?」
シリルも気がかりだったようで、夜会の際に持ちかけてきた。ドロシアは何事もなかったかのように、マティアスの横で花のように可憐な笑顔を見せていた。リディは壁際でその様子を眺めながらため息をつく。
「国王に言う」
「そんなことしたら、ドロシア様の立場が」
「じゃあ黙って見てろって言うのか?」
シリルもため息をついた。
「できないよね。バレたらクビだよ。最悪王都追放」
「私は別にいいけどな」
シリルはどこかを見つめて黙った。どうしたのかと思っていると、口を開く。
「まあ確かに、その時はその時だけど。学校は卒業したい」
何事かと思ったが、いろいろ考えていただけらしい。
「ていうか、エルフの護衛共もあの話聞いてただろ」
リディは広間を見渡し、ギルバートを探した。しかし、見つからない。
「ギルバート様は、多分バルコニーにいるよ。夜会がお嫌いだから」
「こんな寒い時期に自ら外に出るなんて、どんだけ嫌いなんだよ」
「呼んだら来てくれるよ。呼んでみる?」
「いや、王子まで来たら意味がない」
リディは頭の中でオーラを呼んだ。するとすぐにオーラが現れた。
「お呼びですか?」
「昨日の話、聞いてたんだろ?」
「昨日の話とは?」
「フリンツァー領の……」
「ああ、ええ。聞いていましたよ」
「お前らどうするつもりだよ」
「特にどうもいたしません」
「はあ?」
「我々はギルバート様のお側にいるために、嫌われるわけにはいかないのです。現在、ギルバート様はエルフに対してかなり悪い印象をお持ちです。それ故、我々に対してもかなりそっけないです。これ以上嫌われようものなら、全力で我々を拒絶なさるでしょう。そうなれば、ハーフエルフといえども、手をつけられない状態になりかねません。それを防ぐためにも、我々はギルバート様の行動をある程度黙認することにいたしました」
「使えねえ奴らだな」
「どうとでも仰ってください。まあ、我々がついている限り、ギルバート様には傷一つつきません。あくまでも、ギルバート様には、ですが」
「それなら、私たちは行かない方がいいな」
シリルは驚いた顔でリディを見た。
「行かないの?ギルバート様が心配じゃないの?」
「エルフが二人もついてんだぞ」
「でも」
「私は行かない。命令がない限り指一本動かさない」
「上級魔法使いリディ・イヴ・フォレ、並びに中級魔法使いシリル・ランブランに第二王子ギルバートの視察随行任務を命ずる」
仰々しく、玉座の間でマティアスは言い渡した。リディは卒倒しそうだった。どういう話になったのかは分からないが、ギルバートはドロシアをフリンツァー領まで見送り、そのついでにフリンツァー領の視察をして帰るらしい。そして、リディとシリルはその護衛に命ぜられたという形だ。意味が分からない。リディは引き攣った笑みを浮かべたまま、マティアスを見つめた。シリルの方は、大人しく命を受けるつもりらしく、返事をしていた。
国王に命令されれば、リディも行かねばならない。面倒くさいことこの上ないが、これで失踪事件の調査がバレても言い逃れはできる。失踪事件云々の厄介ごとに巻き込まれるのは嫌だが、仕事として割り切ればまあ仕方ない。仕事だから仕方ないのだ。
リディも引き攣った笑みのまま、返事をした。
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