第66話 帰ってきた六人
医師の検査結果も問題なかったため、リディとシリルは翌日の朝には退院して、研究所の食堂で朝食を食べていた。シリルは一晩経って多少落ち着いたのか、普段の無口なシリルに戻っていた。
「リディ!シリル!」
朝食を食べ終えた頃、食堂の入り口の方からエマが駆け寄ってきた。いつものように余計な心配をしていたらしい。明らかに寝不足という顔だ。
「おはよう、エマ」
シリルは落ち着き払って言う。エマのテンションとは明らかに差がある。
「おはようじゃないわよ!心配したんだから!大丈夫なの?二人とも」
「大丈夫だよ。王子が大袈裟なだけ」
「俺に関してはそうだけど、リディはそうでもないよ。魔力切れで倒れたんだから」
エマは目を大きく見開いた。まるで世界の終わりでも訪れたかのような顔だ。リディは耳を塞いだ。
「倒れた!?大丈夫なの!?頭とか打ってない!?」
エマは予想通り大声で捲し立てる。食堂にいる者が全員リディたちに注目していた。リディはうんざりしてため息をついた。
「うるせえよ。大丈夫だって。ちゃんと検査してもらったし」
「本当に?検査結果も問題なかったの?」
「当たり前だろ。問題あったら病棟から出れてねえよ」
「抜け出したわけじゃないから大丈夫だよ。ちゃんと問題ないって言われたから」
シリルはエマを落ち着かせようとリディの援護をした。エマはやっと安心したようで、崩れるように空いている席に座った。
「よかった。昨日、いきなりギルバート様がいらっしゃって、リディは入院するから帰れって、マイユールに飛ばされて、何が何だか分からないし、朝お迎えに来てくれたテオドア様も詳しいことは知らないって……」
リディは呆れて目を細めた。これは完全にギルバートが悪い。リディはエマに少し冷たくしてしまったことを後悔した。
「王子には文句言っとく」
「そんなことしちゃダメよ!」
エマは疲れた様子で顔にかかった髪の毛をかき上げながら言った。いつもなら顔に髪がかからないように、ハーフアップにしているのに、今日は櫛で梳いただけのようだ。リディが呑気に病棟で寝ている間、エマは落ち着くことすらできなかったのかと思うと、リディはエマのことが可哀想になってきた。エマにはダメだと言われたが、ギルバートに文句を言わないと気が済まない。
「テオドア様はどこにいる?」
シリルが尋ねると、エマは顔を上げた。
「ギルバート様のところじゃないかしら?慌ただしく別れてきたから……」
テオドアが忙しいというよりは、エマの方が研究所に着くなり食堂まで走ってきたのだろう。
「リディ、ギルバート様のとこに行こう」
「おー」
シリルは珍しく行動的だ。やはり行方不明の派遣員たちが心配なのだろう。エマと別れ、リディとシリルはギルバートの執務室へ向かった。執務室の前へ着くと、シリルは執務室の扉をノックしようとした。
「あ、おい」
リディはシリルを扉から離そうと手を伸ばしたが、間に合わなかった。勢いよく扉が開き、シリルが扉で額を打った。
「シリル!大丈夫ですか?申し訳ありません」
中から出てきたテオドアは本当に申し訳なさそうに言った。ギルバートの執務室はいろいろな魔法がかけられているため、部屋の中と外がいろいろと遮断されている。ギルバートやリディであれば、部屋の中にいても外にいても、扉を隔てて向こう側にいる人間の魔力を感知できるが、他の者は難しいのだろう。
「大丈夫。それより、他のみんなは?」
「そのことで、二人を探しに行こうとしていたところです。中へお入りください」
三人が執務室へ入ると、ギルバートがこちらを見た。
「来たか。その様子だと、入れ違いで病棟を出たようだな」
「入れ違い?何とです?」
「行方不明になっていた八人のうち、六人が帰ってきた。そのうち五人は酷い錯乱状態で、もう一人は辛うじて話せる状態ではあったが、記憶が抜けているようだ。全員病棟へ運ばせた」
「話せる状態だったマルツェラから聞いた話によりますと、昨日、勉強会へ参加したところ、優秀な者が数名集められ、学外の交流会に招待されたそうです。派遣員たちは皆招待され、全員が同じ場所に集められました。派遣員の他にも本物の学生が二十名ほどいたようです。夜会のような雰囲気で特に変わったことはなかったそうなのですが、その後の記憶が無く、気づいたら学校に戻っていた、と」
「それで、二人いなくなった」
「そうです」
「誰ですか?」
「ライネとヨニです」
リディは名前を聞いても誰が誰だか分からなかったが、シリルは眉間に皺を寄せた。
「ライネとヨニが?二人は八人の中で一番強いのに」
「そうなのか?」
「ええ、二人は中級の三つ星ですから。帰ってきた六人は二つ星です」
「魔力が強い奴を誘拐でもしてんのか?」
「まだなんとも言えませんが、その可能性が高いです。とにかく、ライネとヨニを救出するのが最優先事項となりました。幸いにも、マルツェラが交流会の会場をぼんやり覚えていまして、いろいろと調べた結果、交流会の会場だったと思われる屋敷がわかりました。二人にはその屋敷を調査してきてもらおうと思っているのですが、他にも人員は必要ですか?」
「いらねえ。あんまり多いと邪魔になる。調査だけなら私一人でもいいくらいだ」
「一人では何かあったとき困りますので。シリルは連れて行ってもらいますよ。シリル、何かあったらすぐにご連絡ください。すぐに、ですよ」
テオドアはシリルに向かって、何度も念を押すように言った。リディのことは信用していないらしい。シリルはこくりと頷いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます