第67話 調査

 水盆の間から、北西部の適当な場所へ移動した。そこから、地図に示された場所へ移動しようとした。しかし、魔法はかき消される。リディは隣にいるシリルを見た。シリルの方も同じだったようで、リディを見ている。


「結界かな」

「まじかよ」


 リディはテオドアに渡された地図をもう一度見た。シリルも覗き込んでくる。到着地点は森の中だ。


「森に結界が張られてるのかな」

「森の近くまで行ってみるか」


 二人は目的地の森のすぐそばを目指して移動魔法を使った。二人の予想は当たっていたようで、次は上手く到着できたし、森全体に結界が張られていることが分かった。試しに少し森へ入ってみたが、移動魔法が使えないだけで、森に入れないわけではないらしい。


「どうする?歩く?」


 リディはもう一度地図を見た。目的地は、森の真ん中と言ってもいいくらい、奥深くだった。歩くとなると、何時間かかることやら。


「近くで馬とか借りれねえかな」

「リディ馬乗れないでしょ」

「お前が乗せてくれたらいいだろ」

「リディがいいならそれでいいけど、俺、馬乗るのそんなに上手くないよ」

「……乗れたら何でもいいよ」

「じゃあ、近くの町にでも行ってみようか」


 二人は一番近くの町へ移動した。小さな町だったが、馬を借りることはできそうだった。


「馬借りたいんだけど」


 借馬屋の若い男にリディは言った。男は目を細めてリディを見た。


「お前ら、馬乗れんのか?」

「こいつは乗れる」


 リディはシリルの方を親指で指す。借馬屋の男は目を細めたままシリルを見た。リディの言葉を信じていないのだろう。


「まあ、いいけど。どこ行くんだ?」

「そこの森」

「森?あんなとこ行って何するんだ?なんにもねえぞ」

「仕事だ。仕事。早く馬貸せよ」

「分かったよ。夕刻までには返せよ。金額五枚前払いだ」


 高いなあと思いながらリディは革袋を取り出した。テオドアから預かった魔法の革袋で、任務に必要な金がこの袋から湧き出てくる。国の金庫に繋がっているらしい。


「馬代、金貨五枚」


 リディが言うと、袋からは金貨が五枚出てきた。リディはその金貨を借馬屋の男に渡した。男は興味深そうに革袋を見ていたが、リディは気付かぬふりをして、馬だけ借りると馬と共に森のそばまで魔法で移動した。


「やっと入れる」


 馬に跨りながらリディは言った。リディを乗せてから、シリルも馬に乗る。


「ちゃんと掴まっててね」


 シリルは手綱を握ると、馬を走らせた。すぐにリディは数分前の自分の判断を後悔した。何度か馬に乗せてもらったことはあるが、こんなに下手なのは初めてだ。馬の方が悪いのかもしれないが、シリルも馬を扱い切れていない。歩くよりは早いが、こんなに馬にしがみつくことになるなら、歩いた方が楽だった気がする。


 しばらく馬を走らせると、森の中は暗くなってきた。まだ昼前なのに。鬱蒼とした森の中には、陽の光さえ届かないらしい。


「まだ着かないのか?」

「おかしいね。さっきから同じところを走ってる気がする」


 リディは馬にしがみつくのに必死で、周りを見る余裕などなかったが、馬を走らせているシリルが言うのならそうなのだろう。


「魔法で妨害されてるのか?」

「多分ね」

「止まってくれ」


 シリルは馬を止めた。その止め方も、上手いとは言えず、リディは馬から振り落とされそうになった。シリルは馬から降りると、げっそりした顔のリディに手を差し出した。一人で降りれる気がしなかったため、リディはシリルの手を取り、馬から降りた。シリルは「だから言ったでしょ」とでも言いたげな顔をしていた。


「現在地は……ここか」


 地図にはシリルたちがいる場所が青い点で表された。目的地のすぐ側まで来ている。


「歩いてみようか」


 シリルは馬を引き、歩き出した。リディも地図を見ながらその後を追う。もう少しで目的地の点と二人の点が重なると言うときに、二人の点は目的地から遠ざかった。馬に乗っている時は気づかなかったが、移動魔法が使われた気配があった。


「なるほどな。追い返しの魔法だ」

「反対呪文使いながら通るしかないかな」


 二人は再び目的地の方へ近づき、先程ワープさせられた辺りから反対呪文を唱えながら進んだ。すると、少し開けた場所にたどり着いた。そこだけ、陽の光が届き、明るかった。しかし、何もない。


「本当にここなのか?」

「ここのはずだよ。魔法で隠してるんじゃないかな?」

「めんどくせえな」


 リディとシリルは手分けして、辺りを調べ始めた。あまり離れると良くないと言うことで、効率は良くなかったが、数十分後、リディは怪しいものを見つけた。


「シリル」


 少し向こうで木を調べていたシリルがリディの方へ歩いてくる。リディは地面の草をより分けて、地面に焼き付けられている魔法陣の一部をシリルに見せた。シリルは周りの草を魔法で消した。魔法陣の全体が見えたが、何の魔法なのか、リディには全然分からなかった。シリルの方を見てみたが、シリルも同じく分からないようだった。


「これ、外国の魔法だね。構造がこの辺りのとは全然違う」

「やっぱりそうか」

「でも、綴りが似てるから、近隣国の魔法かな?」


 シリルは魔法陣に両手をつき、魔力をこめた。構造が分からない魔法陣を使うことなどできないだろうとリディは思ったが、シリルはそのまま魔法を発動させてしまった。魔法陣は眩く光り、辺りを柔らかい光で包み込んだ。次の瞬間、目の前には、古い大きな屋敷が佇んでいた。


「お前、どうやって魔法陣発動させたんだよ」

「文字から構造を予想した。こんなに上手くいくとは思ってなかったけど」


 みんながシリルは天才だと言っている意味を、リディはようやく理解した。シリルは魔力でゴリ押しのリディとは違い、知識で自分の持つ魔力を最大限に活かしているのだ。


「お前、すごいな」

「ありがと」


 二人は目の前に現れた屋敷に向き直る。何の気配もない。中には、少なくとも魔力を持つ者はいない。


「この屋敷、アッシの生家らしいよ。親を亡くしてから所有者になって、学校を卒業するまでは住んでたらしい」

「へえ?」

「アッシが行方をくらました後、ずっと空き家だったって」

「その割には」

「綺麗だよね」

「だよなあ」


 リディは屋敷を眺める。こんな森の中で、何年も放置されていれば、もっとあちこち傷んでいるだろう。しかし、屋敷は今でも人が住んでると言ってもおかしくないくらい、綺麗な状態だった。保存魔法がかけられているのだろう。リディは屋敷の玄関に手をかけた。扉は魔法で閉ざされている。


「これ、開いて大丈夫か?」

「開かない方がいいかな」

「でもなあ。調査するには中に入らなねえと」


 リディは嫌な予感がしながらも扉にかかっている魔法を解き、扉を開けた。屋敷に足を踏み入れた途端、視界が渦巻いた。移動魔法だと気づいた時にはもう遅かった。リディとシリルはどう見てもアッシの屋敷ではない場所に移動していた。


「どこだ?ここ」


 シリルは肩をすくめた。ひんやりとした石造の空間だった。窓も何もない、薄暗い空間。地下室だろうか。小鳥の形をした発光魔法が数羽飛んでいて、それ以外に灯りはない。仄かに甘い香りがした。そんなことよりも、リディは最悪の事態に陥っていることに気づき、血の気が引いた。


「シリル、まずい。エルフがいる」


 シリルはリディを見た。いつものようにぱっちりとした目を見開いている。


「移動魔法使えるか?」


 シリルは首を横に振った。張られている結界が強い。リディも一人連れて移動魔法を使うのは難しそうだ。


「王子に知らせてくれ」


 リディはシリルの腕をとんと突いた。シリルは何かを言おうとしていたが、それより先に消えた。リディは目眩がして壁に寄りかかる。結界を破るために、かなり魔力を使ってしまった。魔力が切れかかっている。この結界の中では、もう魔法は使えないかもしれない。使えたとしても簡易魔法が限界か。そんなことを考えていると、扉が開き、誰かが入ってきた。暗くてよく見えない。気配でエルフということだけが分かる。


「おや?一人か?二人だと思ったが……」


 近づいてくるエルフが少しずつ見えてきた。金色の長い髪を揺らしながら歩いてくる。顔はよく見えない。声からして男だ。エルフはリディまであと数歩というところで立ち止まり、目を見開いた。


「お前……」


 エルフの男はそれだけ言うと、リディに背を向け、早足で扉に向かって歩き出した。


「まずい、逃げるぞ」


 男は大声で言う。他の仲間に伝えているのだろう。


「姫と王子にお伝えしろ。急ぐんだ」


 男は喚きながら部屋を出ていく。扉がバタンと閉められ、リディは一気に力が抜けた。額にじんわりと汗をかき、前髪が少し張り付いていた。エルフの気配はどんどん消えていく。何が何だか分からないが助かった。リディは壁に寄りかかったまま目を閉じる。甘い香りがリディの気分を良くさせていた。このまま、気持ちの良い眠りにつきたい。リディは床に寝そべった。冷たい石の感触が気持ちよかった。

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