第65話 入院
大人しく寝ているようにと看護師に念を押されていたが、リディがベッドに横になって数分後、シリルが訪ねてきた。
「いいのか?抜け出して」
「大丈夫だよ。俺は魔力切れなんて起こしてないし。ギルバート様は変な呪いでももらってないか心配してるんでしょ」
「なるほどな」
シリルはベッドの傍の椅子に腰掛ける。
「怖かったね。ギルバート様があんなに怒ってるの初めて見た」
「何言ってんだよ。あいつよく怒ってるだろ」
「不機嫌なことは多かったけど、怒られたことなんてないよ」
言われてみれば、リディも怒られたのは矢で射られた時くらいだ。少し前まで不機嫌そうなのが基本だったため、よく怒る奴だと錯覚していた。
「それより、あの後何があったんだ?」
「リディに移動させられて、校舎に着いたんだ。そこからギルバート様に連絡したら、すぐに来てくれて、一緒に森に行った。森の近くに着いた時、森の中ですごく強い光が弾けた。もうリディはダメかと思っちゃったよ」
アッシが放つ魔法は、近くで見ると強い光だったが、離れた場所から見たらそこまで強い光でもなかったはずだ。それに弾けるという表現も合わない。つまり、シリルが見たものは、リディが気を失った後で誰かが放った魔法だろう。アッシか、他の誰かが。
「それで?」
「森には強い結界が張られてて、入ることができなかったから、ギルバート様の護衛のエルフに破ってもらって中に入ると、アッシが倒れてたから、リディがやったんだと思った。他には誰もいなかったし」
アッシが自爆したとは考えにくいし、誰かがアッシを負傷させ、シリルたちが到着する前に逃げたのだろう。
「とにかくリディが無事でよかったよ。ギルバート様もすごく心配してたから」
「そんな風には見えなかったけどな」
「ギルバート様は分かりにくいからね。でも、優しい方だよ」
優しい?ギルバートが?よく分からないが、ギルバートは皆に慕われている。確かに、悪い奴ではないのだと思うが、優しいというのは理解できない。
「お前らなんでそんなに王子崇拝してんの?」
「崇拝ってわけではないけど……俺はギルバート様に拾ってもらったから感謝してる」
「拾われた?」
「俺の父さんは兵士で、母さんは調査員だったんだけど二人とも任務中に死んじゃった」
「そうか」
「もうだいぶん前の話だよ。五歳とかそれくらいのとき」
シリルは十五のはずだから、十年くらい前ということだろう。シリルもなかなか壮絶な人生を送ってきたらしい。
「それで、孤児院に入るはずだったんだけど、ギルバート様に連れられて王都に来たんだ」
「なんで?」
「才能があるから、王都で勉強しろって。派遣員の宿舎に部屋をもらって、派遣員の人たちに魔法を教えてもらったりして、十歳の時に学院に入学した」
シリルは無口であまり人付き合いをしないくせに、顔が広いと思っていたが、そういう理由だったらしい。
「そういうことだから、俺はギルバート様のこと好きだよ」
「へえ」
「リディは何でそんなにギルバート様のこと嫌ってるの?」
「別に嫌いではないけど、面倒なことには関わりたくないだけ」
身分が高い人間と関わるなんて、面倒なことしかない。自由気ままにやっていきたいリディにとって、王族なんて無縁でいたかった存在なのだ。周りから親しいと思われるのも嫌で、わざと素っ気なく振る舞っている部分もある。リディの無礼な振る舞いが不敬罪にあたれば、王都から追放してくれるかもしれないという淡い期待もしている。まあ、これだけ続けて一度もそんなことを言われないのだから、これからもそんなことは無さそうだが。
「他のみんな、どうなったのかな」
「さあな」
「アッシが回復したら何か分かるかな?」
「どうだろうな」
今日はよく喋るなあと思っていたが、シリルはどうやら行方不明の派遣員たちのことを心配しているらしい。他人に興味がない奴だと思っていたが、そういうわけでもないのかもしれない。
「この件、エルフが関わってる気がしないか?」
「え?」
シリルはぱっちりとした目を見開いてリディを見た。
「なんで?」
「なんとなく。王子の護衛のエルフ観察してたらそうなのかなと思って」
「じゃあなんでエルフは黙ってるの?」
「知らねえよ。様子見でもしてるんじゃねえか?」
「ギルバート様に言わなくていいかな?」
「気づいてるだろ」
「ならいいけど」
「シリル!」
廊下から大きな声が聞こえたと思ったら、勢いよく病室の扉が開き、看護師が入ってくる。前回の入院中、リディが散々世話になった元気のいいおばさんだ。
「部屋にいなさいって、言ったでしょう!何をしてるの!?こんなところで!」
シリルは看護師に引っ張られ、リディの部屋を出て行った。看護師は、扉を閉めながらすぐに食事を届けるから部屋から一歩も出るなとリディに釘を刺した。
「そんなに言わなくても出ねえよ」
リディは呟きながら窓の外を見た。もう暗くなっている。エマは家へ帰っただろうか。誰が送ったのだろう。テオドアかな。そんなことを考えていると、扉がノックされた。食事が届けられたのだろうと、深く考えず返事をする。しかし、部屋に入ってきたのはギルバートの護衛のエルフのうちの一人だった。リディとシリルを城まで移動させた方だ。
「リディさん、少しよろしいですか?」
エルフは柔らかく微笑みながら言い、部屋に入ると静かに扉を閉めた。
「なんだよ」
「私、ギルバート様の護衛をしております、ノアと申します。ちなみに、もう一人の方はオーラです」
ノアは軽くお辞儀をした。そして、優雅な笑みを浮かべたまま、リディを見つめる。
「先程の戦闘で、耳飾りの効力が薄れていないか確認しに参りました。耳飾りをお見せいただけますか?」
「いいけど」
リディは耳飾りを取ろうとしたが、ノアはそれを止めた。
「つけたままで大丈夫です。そのまま、動かないでください」
ノアはリディの耳に軽く触れ、耳飾りを確認しているようだった。くすぐったいので、とって見てほしかった。ノアは手際良く、両方の耳飾りを確認すると、すぐにリディから離れた。
「問題ないようです。これからも肌身離さぬように。何が起こるか分かりませんので」
ノアはそれだけ言うと、消えてしまった。なんだったんだと思いながら、リディは先ほどまでノアが立っていた場所を見つめていた。すると、すぐに扉がノックされ、元気の良いおばさん看護師が食事を運んできた。
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