第64話 新たな問題
「リディ!リディ!」
身体を揺さぶられ、目を開く。心配そうな顔でシリルがリディを覗き込んでいた。
「リディ、よかった」
リディは起き上がり、頭を押さえた。頭痛がする。魔力切れを起こしたせいだろう。リディは周りを見た。森の中だ。何があったかよく思い出せない。シリルと共に森へ来て……
「アッシは!?」
シリルは不思議そうな顔で自分の後ろを指さした。シリルの指差した方には、気を失っているアッシの姿があった。そして、その周りを数名の魔法使いが取り囲んでいる。なぜアッシが倒れているのかリディには分からなかった。そんなことを考えるよりも先に、背後の気配に気づき、リディはぎくりとした。
「お前はまた勝手なことを」
後ろから怒りに満ちた声で言われる。お前と言うのは、もちろんリディのことだろう。リディは振り返ることもせず、シリルを見つめた。シリルは目を逸らして、知らぬふりをしていた。期待はしていなかったが、シリルが助けてくれることはないようだ。リディは仕方なく立ち上がり、後ろを向く。そこには、エルフの青年を二人従え、腕を組んだギルバートが仁王立ちしていた。
「レオカディオ・グリンを呼び出すなど、誰が許可した?」
「呼び出そうと言ったのはシリルです」
「探そうと初めに言い出したのはリディです」
「そんなことどうでもいい」
ギルバートはぴしゃりと言い放つ。かなり怒っているらしい。
「とりあえず帰るぞ。この二人を運んでくれ」
ギルバートは後ろにいるエルフのうちの一人にそう言うと、自分はさっさと移動魔法を使った。何も言われていない方のエルフは、ギルバートとともに消えていった。
「さて、お二人とも帰りましょうか」
残ったエルフがそう言って、二人に手を差し出した。リディとシリルはエルフの手を取り、ギルバートの執務室へ移動した。
先に帰っていたギルバートは、いつものように偉そうに椅子に座っていた。ギルバートの怒りは当然のことながらまったく治っておらず、鋭い目でリディとシリルを睨みつけている。テオドアはおらず、涼しい顔をしたエルフがギルバートのそばに控えているだけだ。
「何があった?」
ギルバートは怒りを孕んだ声で静かに言う。シリルは怖がって、リディの後ろに隠れた。
「アッシを呼び出しました。様子がおかしかった
どんなふうに?」
「本名を言っても他人事のような感じで……あいつ、操られてたんじゃないですか?」
「その可能性が高い。それで、その後は?」
「アッシが襲ってきました。魔力が強すぎました。エルフの血縁者ですか?」
「いいえ。そんなはずはありせん」
ギルバートのそばに控えているエルフが口を開く。
「全エルフの所在は国によって完全に把握されています。彼はエルフと血縁上の関係はありません」
「だそうだ。とりあえず、あの男は病棟に送った。強力な精神支配の影響で錯乱状態が続いているらしい。それと、身体的にも、お前が重症を負わせたらしいしな」
「はあ?私は何もしてねえよ」
「なんだと?」
「魔力切れで倒れました。そしたら、あいつが近づいてきて、呪文を唱え出して気を失った」
「呪文?」
「ああ。何の呪文かは分かりませんでした。外国語だった気がしますが」
ギルバートは考え込むように顎に手を当てた。
「その男は呪文を唱える前に何か言っていませんでしたか?」
ギルバートのそばに控えているエルフが軽く微笑みながら尋ねた。
「ああ、言ってた気がする。なんだったかな?……お目覚めください、姫?」
エルフの目が僅かに見開かれたのを、リディは見逃さなかった。すぐに元の表情に戻ったエルフは、微笑み、そうですかとだけ言った。ギルバートは探るような目でエルフを見ていた。しかし、エルフは微笑みを崩さない。ギルバートの視線はリディたちに戻った。
「あの男を負傷させたのが誰かは分からんが、大体の状況は分かった。お前たちが問題を起こしてくれたのが関係してるかは分からんが、新たな問題が発生している」
「なんだよ」
「潜入調査中だった派遣員が全員行方をくらませた」
「なんだと?」
「今テオドアがいろいろ調整している。お前らも、潜入は中止だ。今日は病棟で入院しろ」
ギルバートが指で机を軽く叩くと、衛兵が四人現れ、それぞれリディとシリルの両脇に立った。
「何言ってんですか。別に大したことは」
「魔力切れで倒れたんだろう。念の為だ。エマは誰かにマイユールまで送らせるから心配するな」
リディが言い返す前に、衛兵たちはリディの両脇を抱え、病棟へ移動した。すぐにシリルも到着した。二人が入院する準備は整っていて、医師の診察を受けたあと、二人はそれぞれ個室に連れて行かれた。
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