第63話 対峙

 勉強会へ参加しだして二月以上が経過した。相変わらず、リディたちは全く成果をあげていなかった。毎回、無償で他のメンバーたちに魔法を教えるというなんの意味もない時間を過ごしていた。他の学校へ派遣された者たちも同じような状況だった。


「今日も行くのか?」

「行くしかないよね」


 リディは苦い顔をした。何度参加しても、アッシは姿を見せない。それに、他のメンバーにアッシに会いたいなら校内を探したほうが良いと言われている。


「今日はアッシを探そう」


 シリルは苦い顔をする。アッシを見つければ、ギルバートを呼ばねばならない。シリルはそれが嫌なのだろう。しかし、いずれは、アッシをどうにかしなければならないのだ。


「王子にはエルフの護衛がついてるから大丈夫だ」

「そうだけど。マティアス様はこのこと知ってるのかな」

「知らないだろうな」

「やだなあ」


 確かに国王に目をつけられるのは嫌だ。しかし、リディは上司の命令に従っているだけだ。


「余計なこと考えんなよ。テオドアがどうにかしてくれるだろ」


 渋るシリルをどうにか丸め込み、放課後の校内を彷徨くことにした。


「アッシの魔力の気配、覚えてないの?」

「覚えてねえ」

「あの時、リディがしっかりしてくれてればなあ」

「……悪かった」


 シリルはため息をつく。リディもシリルと同じく、うんざりしていた。校内をあてもなく彷徨き続けるのは気が滅入る。


「仕方ない。人気のない場所に行こう」


 校内を三周くらいした時、シリルが言った。


「何する気だ?」


 シリルは何も答えず、リディの腕を引いて校舎裏の森へ入って行った。森の中は静まりかえっていて、誰もいないし、動物すら生息していないようだ。


「テオドア様からアッシの情報を預かってる」

「そういうことは早く言えよ」

「最後の手段にして、リディには言うなって言われてたんだよ」


 リディはテオドアに信用されていないらしい。少し腹が立ったが、日頃の行いを考えれば仕方ないのかもしれない。シリルは地面に魔法陣を描き始めた。高度な人探しの魔法だ。探したい人物の本名や誕生日、出生地などを知っていれば、理論上は使うことができる。あくまでも理論上。相手との魔力さなども関係してくるため、確実に見つけられるわけではない。


 シリルは魔法陣に全ての情報を書き込み、立ち上がった。


「はい」

「はいってなんだよ」

「俺じゃ負けちゃうから、リディが発動した方がいい。魔力制御もとって」

「そこまで全力でやる必要あるか?」

「一回失敗したら、警戒されて二度と使えないかもしれない。不意打ちで確実にやった方がいい」


 それもそうかと、リディは髪を束ねていたリボンを解き、地面に膝をつく。両手を魔法陣の淵に起き、魔法陣を発動させた。魔法陣が光ったかと思うと、目の前に目当ての人物が立っていた。


「なかなか手荒なことを」

「レオカディオ・グリンだな」


 リディがアッシの本名を言うと、アッシはキョトンとした顔をする。


「レオカ……?ああ、こいつの本名か」


 アッシは自分の胸を軽く叩きながら言う。どうも様子がおかしい。


「こいつ?自分自身の話だろう」

「そうだな。自分自身だ。で、何の用だ?」


 変な奴だと思いながらも、リディは話を続けた。


「お前は一体何をしている?」

「何、とは?」

「学生のふりをして、優秀な学生集めて勉強会を開いて、何が目的だ?」

「お前たちこそ、何をしている?最初に見た時はバーブルシェードの学生だったと記憶しているが」


 やはりバレていたのか。シリルを横目で見たが、シリルはじっとアッシを見つめていた。


「王家の犬ではあるまいな」


 王家の犬。王家に仕える者たちを示す蔑称だと聞いたことがある。王宮に仕える者だけでなく、王立機関に勤める者全てを指すと。


「そうだったら、なんだ」

「葬り去るしかないな」


 アッシは眼鏡を外した。その途端に、リディは背筋が凍ったかと思った。すぐに自分とシリルの周りに結界を張った。おそらく、シリルの方も同じことをした。しかし、アッシは凄まじい魔法を放ち、リディの結界を削った。リディの結界のおかげで弱まった魔法はシリルの結界を破ることができずに消えた。一発目を防げても意味はない。次にまた同じ威力の魔法を放たれたら終わりだ。


「二年前に中級二つ星認定だった奴が使える魔法じゃねえだろ」

「本気を出してなかったのかも」

「それでもこの威力はおかしい」

「そうだけど、そんなこと言ってる場合じゃないよ。早くギルバート様を」

「あいつは私がどうにかしておく、お前は王子を呼べ」


 リディはより強い結界を張り直した。すぐに二発目の魔法が飛んでくる。眩い光が薄暗い森に広がった。教授陣の誰かが騒動に気付いて出てきてもいい気はするが、誰も来る気配がない。


「助けを待っても無駄だ。森に幻術をかけている。誰も異変には気づかない」


 アッシは余裕の表情で言う。いくらなんでもおかしい。魔力出力が強大すぎる。エルフの血が混ざっているギルバートよりも強いなんて、いくら何でもおかしい。


「お前、まさかエルフの血縁者か」


 アッシは不敵に笑うばかりで何も答えない。リディは限界を迎えようとしていた。このままでは、魔力を使い果たしてしまう。そうなると、リディだけなら別に良いが、シリルまで死んでしまう。


「シリル!王子はまだか?」

「ごめん、妨害されて魔法が上手く使えない」


 リディは魔力切れで、目眩がし始めた。シリルだけでもどこかへ飛ばそうと、シリルに手を伸ばす。シリルはリディがしようとしていることに気づき、リディの手から逃れようとしたが、リディがシリルの腕に触れる方が早かった。リディがぽんとシリルの腕を叩くと、シリルは姿を消した。シリルが言っていた通り、何かに邪魔されたため、遠くは飛ばせなかったが、校舎内くらいには移動させることができたはずだ。


 魔力はとうとう底をつき、リディはその場に崩れ落ちるように倒れた。肩で息をする。青い空が広がっていた。足音が近づき、アッシが視界に入ってくる。リディを覗き込んで、笑っていた。本当にむかつく奴だ。


 リディを覗き込んでいたアッシは、リディの傍に跪いた。


「お目覚めください。姫」


 アッシは頭を下げ、恭しく言う。姫?誰のことだ?リディは朦朧とする意識の中、額に何かが触れるのを感じた。アッシの手だろうか。アッシはぶつぶつと何か呪文を唱えている。アッシが呪文を唱え終えるころ、リディは体の中心から、温かいものが広がっていく感覚になった。意識がはっきりとしてくる。それなのに、身体は言うことを聞かない。動かないわけではなく、リディの意思とは別の何かがリディの身体を乗っ取ろうとしている気がした。


「やめろ」


 リディはどうにかそう言った。どんどん視界が遠のく。何かの映像を見ているように、リディが関与することはできない。


「大丈夫よ。私に任せて」


 頭の中で声が聞こえた。懐かしい声だった。リディを乗っ取ろうとしている者の声だと思った。


「お前は誰だ」

「私は、あなたの味方よ」


 その声を最後に、リディは意識を失った。

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