第62話 エマの耳飾り
夕食を作るエマの背中を見ながら、リディは考え込んでいた。このまま勉強会へ参加し続けても何も起きない気がするし、アッシと名乗った男にも会えない気がする。何か違う手段を取らなければ永遠に潜入調査が続きそうだ。それだけは絶対に避けたい。しかし、妙案は思いつかない。
そもそも、勉強会が本当に宗教団体に繋がっているかも分からない。アッシは確かな怪しいが、今のところ各校で優秀な学生を勉強会に勧誘しているだけ。
リディは大きくため息をついた。
「お疲れね」
「もう潜入捜査なんかやめたい。なんで今更学校なんて通わないといけないんだよ」
「学校楽しいでしょ?」
「私には合わねえ」
「まあ……そうよね」
エマは出来上がった料理を机に並べた。今日の夕食は肉と野菜を煮込んだスープと、パンだ。リディはスープの皿にスプーンを突っ込む。その荒い動作にエマは眉間に皺を寄せた。
「リディ、お行儀よく食べて」
「外ではちゃんとそうしてる」
「もう!肘つかないの!」
うるさいなと思いながらリディはエマを見上げた。目の前にいるエマは、いつもと何かが違う。なんだろうか。髪を結っているが、別に珍しいことでもないし……じっと見つめ、リディはやっと気づいた。
「それ、どうした?」
「え?」
「その耳飾り」
エマの耳には、リディが見たことのない耳飾りがついていたのだ。エマはあまり装飾品をつけない。リディのように嫌いなわけではないようだが、邪魔だという思いの方が強いらしい。少し遠くへ出かけるとかそういう時にしか装飾品なんてつけているのを見たことがない。
「これは、ちょっと……いただいたのよ」
エマは恥ずかしそうに耳飾りを手で隠すような仕草をした。頬はほのかに赤く染まっている。
「貰ったあ?誰に?」
「別に、大した意味はないわよ」
エマはすぐに話題を変えた。適当に相槌を打ちながら、リディはエマの耳飾りを見つめる。淡いグリーンの石がついた、シンプルなデザインだ。エメラルドだろうか。エマの瞳の色とそっくりでよく似合っている。問題は誰に貰ったか、だ。
「男か?」
エマから浮ついた話を聞いたことはなかった。エマは植物にしか興味がないのだと思っていたが、そうでもないらしい。
「まあ、どうでもいいけど」
そりゃあ、ろくでなしと付き合うと言い出したらさすがに反対するが、大きな欠点がないなら別に構わない。リディがとやかく言う話でもないだろう。リディは耳飾りの話を蒸し返すことなく、そのまま食事を終えた。
翌日は休日だったが、エマが研究所へ行くと言うので、リディも同行した。エマはいつものように忙しそうにいろいろしていたが、リディはすることもなく、エマを手伝う気にもなれなかったので、研究所や庭をぶらぶらと歩き回っていた。
「リディ」
木陰で昼寝でもしようかと座っていると、聞き覚えのある声が降ってくる。目を閉じたまま寝たふりをしようかと思ったが、その男に狸寝入りが通じないことは分かっていた。
「なんですか?」
顔を上げながら言う。そこには思った通り、ギルバートが立っていた。
「少しいいか?」
「今日は、休みなので」
「知っている。仕事の話ではない」
「じゃあなんですか?」
ギルバートはキョロキョロと辺りを見回す。人がいないか確認しているのだろうが、残念ながら少し向こうには植物園があり、管理員たちが忙しそうに動き回っている。
ギルバートは徐に屈んだかと思うと、リディの腕を掴み、移動魔法を使った。リディはギルバートの執務室に到着していた。
「なんなんですか。誘拐みたいなもんですよ」
リディはイライラしながら言った。仕事中ならともかく、休みの日にまで言いなりになるつもりはない。
「悪い。人に聞かれるのは避けたかった」
あまり秘密の話などしたくないが、聞かないとしつこいのだろうと思い、リディはため息をつく。
「なんですか」
「お前はテオドアと?エマのことをどう思う?」
「はあ?どうとは?」
「いや……あの二人の関係について」
「関係?」
「お前まだ気づいてないのか?」
「なんの話だよ」
回りくどいギルバートにリディはイライラした。
「いや、だから、あの二人は互いに好いているだろう」
リディはギルバートの言っていることがよく理解できず、言葉を失った。
「リディ?」
「そうなのか」
「誰の目にも明らかだと思うけどな」
「いや、考えたこともなかった。でも、確かに、言われてみれば……」
妙に仲がいい気はする。テオドアに対してエマが恥じらいを見せることも多々あった。それに、あの耳飾りもテオドアから貰ったのかもしれない。今まで感じていたいろいろな疑問が一気に解けたような気がする。
「で、どうだ?」
考え込んでいて、ギルバートがいることをすっかり忘れていた。リディは顔を上げてギルバートを見た。
「どうって言われても。私には関係ないです」
「そうか。お前はテオドアのことをあまり良く思っていないと思っていたのだが」
「まあ、最初はそうだったけど、今はそこまでじゃない。いろいろ可哀想な奴だと思ってる」
「そうか」
「で、なんですか?テオドアがエマに求婚でもするのですか?」
「近いうちにするんじゃないか?縁談を断り続けるのにも限界があるだろうし」
縁談。テオドアはリディたちと同い年で、そういった話が出ているのが普通だ。エマやリディもマイユールの村ではいき遅れだと噂されているのだから。
「へえ。なんで私にそんな話を?」
「リディに反対されたとかで断られるとさすがにテオドアが可哀想だと思って」
テオドアは結婚相手として反対するほどのろくでなしでもないし、エマの好きにしたらいいとリディは思っている。しかし、ギルバートの方はどうなのだろうか。兄弟のように育った男--しかも部下--が先に結婚するのは嫌じゃないのか。
「そっちはどう思ってるんだよ。テオドアとは兄弟みたいなもんだろ」
「悪く思ってたらさっさと結婚しろなんて言わない」
「そうですか」
いつのまにか実っていたエマの恋は、特に問題なさそうだし、ギルバートの用も済んだようだったので、リディはエマの研究室へ戻った。その後、エマの耳飾りを見るたび、少し笑ってしまいそうになったが、どうにか堪えた。
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