第60話 害虫駆除
到着した先は植物園だった。派遣員と思われる人間が何人か籠を持って走り回っている。派遣員が追いかけているものは、虫にしては大きく、魔法生物にしては小さい生き物だった。確か、植物を種類関係なく食い荒らす凶暴な大型魔法害虫だ。魔力を持っているため、魔法を使えないと駆除が困難だが、簡易魔法さえ使えれば難なく駆除できる。
「何してんの?」
「害虫駆除です」
「それは見たら分かる」
「初級を動員してやっていたのですが、思いの外大量発生していて、孵化していない卵もまだ土中に残っているようです。初級では手に負えないので、二人でささっと片付けてください」
「はあ?こっちは疲れてるんだ」
「追加で報酬を支払います」
「知るか。なんでこんなに発生するまで放置してたんだよ」
「いきなり大量発生したのですよ。原因は不明ですが、由々しき事態です」
「リディ!シリル!」
テオドアとリディが言い争っていると、植物園の奥からエマが走ってきた。手には魔法薬が入ったバケツをぶら下げている。
「お願い、助けて!このままだと、植物園は全滅よ。ここを食い荒らしたら、きっと薬草園の方へ飛んでいくわ」
シリルはリディの方を見た。リディがエマの頼みを断れるわけもない。
「分かった。なんとかする。でもどうすりゃいいんだ?こんなに大量に……」
リディは眼前に広がる惨状を眺め、途方に暮れた。卵も含めて焼きつくすのが一番ではあるが、そんなことをしたら植物まで燃えてしまう。
「動き止めるしかないか」
「そうだね。卵の方も成長を止めちゃえばあとは回収して燃やすだけだし」
リディはため息をついた。発動条件などを細かく設定しなければ、植物園にいる奴全員の時が止まってしまう。そうすると、動きを止めた害虫を集める人手が足りなくなる。
「ややこしいし魔法陣描いた方がいいかな」
「そうだね。リディは虫を、俺は卵を」
「了解」
シリルは地面に、リディは宙に魔法陣を描き、それぞれ発動させた。あちこち飛び回り、植物を食い荒らしていた害虫はぴたりと動きを止める。魔力によって浮遊しているため、地面に落ちることはなく、ゆらゆらと空中を漂い始めた。卵の方は地中に埋まっているため、様子がわからないが、シリルの魔法が効いていれば、成長を止めていることだろう。
「あとは人力で回収して燃やせ」
「ありがとう!シリル!リディ!」
エマはそれだけ言うと、バケツを持ったまま走っていってしまった。何をするのかは知らないが、エマを置いて帰ることもできない。
「帰りたいんだけど」
「じゃあ手伝ってください。植物園が片付かないことにはエマは帰れませんよ」
リディはまた深いため息をついた。こっそり帰ろうとしているシリルの腕を掴み、テオドアと共にエマの方へ向かった。
エマは他の研究員たちと共に、植物園の管理員たちにいろいろと指示を出しながら、被害を受けた植物の手当てをしていた。宙を漂っている害虫は、派遣員たちがせっせと回収している。害虫の方は派遣員に任せておけば良いだろう。あとは地中の卵だ。掘り起こさなければ回収することもできないし、どこにあるかも分からないので厄介だが、別に回収しなくても問題はない。
「卵どうする?掘り起こす?」
「いや、魔法薬を撒けば死んで土に還る」
魔法薬はすぐに作れる簡単なものだし、よく畑の害虫駆除を依頼されていたリディにとっては馴染み深い魔法薬だ。しかし、問題も一つ。リディはいつも、エマに材料を用意してもらっていたため、材料をよく覚えていない。本で調べれば分かるだろうが、その情報をもとに、どの薬草園で栽培されているかを調べ、ちょうどいいものを貰ってくるとなると、時間がかかる。
「エマ」
植物の破損部に魔法薬を塗っていたエマは手を止めて、リディを見た。
「卵駆除の魔法薬を作りたいんだけど、材料を集めてきてくれないか?」
「ええ、いいわよ。大量に必要よね。シリル、手伝ってくれる?」
シリルはこくりと頷いた。
「私はここで道具を用意しておく」
「分かったわ。じゃあ第一薬草園から行きましょう」
シリルはエマの腕を掴むと、移動魔法を使った。
「さて、道具ですが、何が必要ですか?」
「でかい鍋」
「これくらいでいいですか?」
テオドアが手を横に動かすと、二人の目の前に大きな鍋が現れた。料理を作るには、かなり大きな鍋だが、植物園全体に撒けるくらいの魔法薬を作るには小さすぎる。リディは鍋を魔法で大きくした。そして、その中に魔法で水を入れた。
「木べら」
テオドアが出した木べらは、やはり小さかったため、鍋に合うよう大きくする。リディは魔法で火をおこし、その上に鍋を浮かべた。
鍋の水が沸騰する頃、シリルから送られてきたであろう薬草がリディたちの近くに現れる。リディはその薬草を全て鍋の中へ入れて煮込んだ。煮込んで薬草柔らかくなった薬草を潰すようにして鍋をかき混ぜる。鍋の中の液体は、濁った深緑色になった。リディが次の薬草を入れたいと思っていると、近くにまた薬草が現れた。リディは薬草を鍋に放り込む。根や実を使うものは細かく刻んでから同じように放り込む。リディは時々水を加えながら薬を煮込み続けた。
鍋の中の液体が、ドブのような色になった頃、籠を抱えたエマとシリルが戻ってきた。リディは二人から受け取った薬草も鍋に放り込み、煮込み続ける。最後に入れた薬草が柔らかくなってきたら、呪文を唱えながらかき混ぜる。すると、ドロドロとした液体が、サラッとした液体に変わった。
「よし、完成」
リディはそう言うと、鍋の周りに魔法陣を描いた。魔法陣が発動すると、鍋の中の魔法薬はもくもくと浮かび上がり、雲になった。雲はどんどん大きくなり、すぐに植物園全体を覆うと、植物園には魔法薬の雨が降り注いだ。
「すごい。リディ慣れてるね」
シリルが感心したように言う。リディが張っていた結界のおかげで、四人は濡れずに済んでいるが、他の者は突然降り出した魔法薬の雨に逃げ惑っている。浴びても特に害はないが、あまりいい匂いではないため、濡れたくないのは当然か。
「農村部で暮らしてたから、こういう依頼がほとんどだったしな」
「そうね。私も害虫駆除関連の薬草にすっかり詳しくなっちゃったもの。リディが自分で覚えないから」
「魔法薬の材料覚えんの苦手なんだよ。エマはすぐ覚えるんだからいいじゃねえか」
「そうだけど」
魔法薬の雨はすぐに止んだが、結界を張れない者がずぶ濡れになるには十分な量だったらしい。ずぶ濡れの管理員たちが恨めしそうな目でリディを見ていた。リディは悪かったとは思いつつも、
「さて、植物の手当ても終わったようですし、もう帰っていいですよ。ありがとうございました」
テオドアはそう言って、さっさとどこかへ消えてしまった。
「あいつ、本当に人使い荒いな」
「まあ、仕方ないよ。テオドア様は三人分くらいの仕事一人でやってるんだから」
「そうよ。お忙しいから仕方ないわ」
「でも、疲れた」
「疲れたね」
「お疲れ様。今日はリディが好きなものなんでも作ってあげるわよ」
「エマが作ったもんならなんでも好きだよ」
「そう?嬉しいわ」
エマは笑う。突然巻き込まれてうんざりしていたが、エマの機嫌が治ったようでリディはホッとした。リディは初めてテオドアに感謝してもいいと思った。
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