第59話 報告

 城に帰り、ギルバートの執務室へ向かった。ちょうど、他の学校へ潜入している派遣員が二人、執務室から出てくるところだった。


「よお、シリルおつかれ。これから報告か?」


 執務室から出てきた派遣員の片方がシリルに声をかける。シリルは何も言わずに頷いた。


「何か収穫あったか?」

「ない」

「だよなあ」

「他のペアは何か分かったのかな?」


 リディは三人が話しているのを横で眺めていたが、頭を掻きながらため息をつく派遣員の胸につけられているブローチが目に入った。円の中心に縦一本の線が入っている。セントバーンのものとは、線の入り方が違うが、よく似ている。


「それ」


 リディが言うと、シリルと話していた派遣員はリディの方を見て、リディの視線を辿ると、ブローチをつまんだ。


「ああ、これつけといた方が人脈ができるから」

「勉強会的なやつに入りたい奴がつけるやつか?」

「そうそう。そっちにもある?」

「うん。俺たちは勉強会に誘われて、今日行ってきたところ」

「まじかよ。すげえな」

「でも、ただの勉強会だったよ」

「でも、怪しいよな」

「うん、あの勉強会に何かあるとは思う」

「じゃあ俺たちも勉強会入り目指して頑張るか。どうやって誘われた?」

「リディが授業で教授の魔法を解除した」

「.……まじかよ」

「それ、大丈夫か?さすがにやばくない?」

「俺もひやっとした」

「ぼーっとしてたんだよ。お前らもそこまでじゃないにしても、上手いこと授業かなんかで目立つことだな」


 派遣員二人と別れ、リディとシリルは執務室へ入った。


 執務室にはギルバートしかいなかった。テオドアの目がないからか、疲れているからなのか、ギルバートは仕事もせず、ぼーっと窓の外を眺めていた。


「勉強会とやらはどうだった?」


 二人が入ってきたのを魔力の気配で察知したらしく、こちらを振り向きもせずにギルバートは尋ねた。


「普通に魔法の練習して終わりましたね。勉強の話以外はするなと釘を刺されましたよ」

「そうか」

「それより、気になる事が」

「なんだ?」


 ギルバートはやっとリディたちの方を向いた。リディはギルバートにアッシの話をした。話を聞き終えると、ギルバートは数秒間リディを見つめた後、ゆっくり口を開く。


「なぜ昨日言わなかった?」

「学校が変更になったことを忘れてて……」

「何があったかは知らんが、気を引き締めろ」


 テオドアからエマとのことを聞いているなとリディは思った。別に言うなとは言わないが、あまりプライベートなことに首を突っ込まないでもらいたい。


「でも、俺は同一人物には思いませんでした」

「それなら、似てるだけだったのではないか。お前、他人の顔覚えるの苦手だろう」


 確かに、よく顔を合わせているギルバートの顔すら朧げにしか覚えていないリディではあるが、この件に関しては確信を持って同一人物だったと言える。


「同じ奴だと直感的に思ったから、多分魔力の気配が同じだったんだと思います」

「なるほどな」

「全然違う人に見えたけど、もしかしたら魔法で容姿を変えてたのかもね。それで、リディには魔法が効かなかった」

「あり得るな。昨日のぼーっとしたリディなら魔法がかけられていることすら完全に見逃してた可能性がある」


 ギルバートの棘のある言い方にリディはイラッとしたが、自分が悪いので何言わなかった。


「そうなってくると、本物の学生ではない可能性が出てくるな。名はなんと言った?」

「アッシ」

「調べさせておく」

「本人捕まえられそうだったらどうしますか?」

「何もするな。シリルを騙せるレベルの魔法が使えるということは、なかなかの手練れだ。向こうの狙いも分からん。危ない橋を渡る必要はない」


 リディにはアッシと名乗る学生がそんなに強い魔力を有しているようにも思えなかったが、何せぼーっとしていたため、確かなことは言えない。ギルバートの指示に従わなければ後々面倒なことになるし、アッシのことはとりあえず忘れることにした。




「リディ」


 執務室を出ると、シリルはリディの顔を覗き込みながら言った。


「なんだよ」

「エマと喧嘩してるの?」

「してない」

「でも、噂になってるよ」

「はあ?噂ってなんだよ」

「エマとリディの様子がおかしい。喧嘩したに違いないって」

「なんだよそれ」

「早く仲直りした方が良いよ。どうせリディが悪いんでしょ」

「決めつけんな。別に喧嘩してるわけじゃない」


 そうは言ってみたものの、エマとの状況は変わらず、ほとんど会話のない状態が続いていた。リディにはエマが何を考えているのかさっぱり分からなかった。


「……しばらく話してないけど」

「それを喧嘩って言うんだよ」


 リディはため息をついた。この状態が喧嘩と言えようが言えまいがどうでもいいが、どうにかしたいとは思っている。しかし、どうしたら良いかは分からない。


「仲直りってどうやってするんだよ」


 リディはため息混じりに言った。


「そんなこと俺に聞かれても」

「だよなあ」

「テオドア様にエマの様子聞いてみたら?」

「なんでテオドア?」

「なんでって--」

「リディ!」


 シリルの言葉が遮られる。声のした方を見ると、テオドアが立っていた。


「なんだよ」

「少し頼みたいことが。シリルも一緒に」


 シリルは思い切り嫌そうな顔をしたが、テオドアはそんなことお構いなしに二人の腕を掴むとどこかへ移動した。

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