第58話 叡智の会

「だから!昨日の……アッシ?とかいう奴、バーブルシェードで魔術科の門を教えてくれた奴だっただろ!」


 シリルは首を傾げる。リディの苛立ちは頂点に達した。


「お前、どんだけ他人の顔に興味ないんだよ!二日連続で話しかけられてんだぞ?普通分かるだろ」

「ちょっと待って。あんまり覚えてないけど、本当に違う人間に見えた」

「はあ?何言ってんだよ」

「それに、なんでその場で言ってくれなかったの?」


 正論すぎて返す言葉がない。


「いや……ぼーっとしてて……悪い……」

「別にいいんだけど。まあ、今日の勉強会に行けば分かるでしょ」

「そうだな」


 二人が教室へ入ると、またヒソヒソ話が始まった。昨日の噂は完全に広まっているらしい。二人が席につくと、前方から男子学生が数人近づいてきた。


「叡智の会に誘われたって本当?」


 男子学生の一人がリディに尋ねた。教室内の学生が、皆聞き耳を立てているように感じた。


「叡智の会?」

「昨日、広間で誘われてたって噂になってる」

「勉強会のこと?」

「そう、それ」

「誘われたけど、なんで?」


 周囲がざわつく。


「メンバーが優秀な人ばかりなんだ。叡智の会に入るのは、一種のステータスだよ。入会を断られる人は多いけど、誘われる人なんてほとんどいないよ」

「へえ」


 背後で舌打ちが聞こえた。名誉ある会に勧誘されているのに、それをどうでもよさそうにしているリディが気に入らない輩でもいるのだろう。


「ねえ、それ、流行ってるの?」


 突然シリルが男子学生に尋ねた。シリルが指さした先に視線をやると、男子学生のマントの襟口に輝くブローチにたどり着いた。円の中心に一本の横線が通っているデザインだ。周りをよく見ると、他の学生たちにも同じ形のブローチをつけている者がちらほらいる。


「ああ、これ。叡智の会の入会希望者がつけてるんだ。これをつけていた方が、叡智の会のメンバーと親しくなれて、入会しやすくなるんだよ。あと、入会希望者同士で情報を交換したり、勉強会をしたりする」

「そうなんだ」


 そこまで話したところで、授業開始を知らせるベルが鳴り、教授が教壇へ立った。リディは昨日のような失敗をすることはできないため、授業を聞いているふりをしながら、シリルに頭の中で話しかけた。


「なんか怪しいな」

「うん。ただの学生のクラブなのに、なんか宗教っぽいよね」

「上手いこと当たり引いたっぽいな」

「それよりさ、さっき言ってた話だけど」

「さっき?」

「バーブルシェードで話しかけてきた人と、昨日勉強会に誘ってきた人が同じ人って」

「ああ」

「向こうは気づいてないのかな?」

「気づいてなさそうだったけど」


 バーブルシェードであの真面目そうな青年は、新入生に正しい門を教えただけだ。大勢いる新入生の中に紛れた顔を、しっかり見ていなかった可能性は低くない。


「もし気づいてて、気づいてないふりをしてるだけだったらどうする?」

「……何のために?」

「こっちの動向を探るため」

「どちらにせよ、今日は勉強会へ行った方がいいだろ」

「ギルバート様に報告しなくていいかな?」

「大丈夫だろ」


 教壇の上では、教授が基本的な魔法について説明をしていた。リディは眠りそうになるのを必死に堪えた。




 授業を終えたリディとシリルは、アッシに渡された地図の通りに進んでいき、学校の敷地の端にある大きな屋敷に到着した。二人は大きな玄関の前に立った。シリルは玄関を開けようとしたが、手を引っ込めた。


「開かない」


 シリルはリディに言う。リディも試してみたが、びくともしなかった。魔法で閉じられているようだ。解除して入ってもいいものか。


「解除魔法使う?」

「そうだな」


 シリルにも提案されたため、気兼ねなく解除魔法を使い、玄関を開いた。


「さすがですね。バッケル教授の魔法を解除しただけのことはある」


 玄関を開いてすぐのところに立っていた男子学生は言った。薄暗く、顔はよく見えないが、アッシではなかった。


「アッシの紹介なんだけど」

「ええ、聞いていますよ。僕はマレク。よろしくね。さあ、中へどうぞ」


 二人はマレクに連れられ、屋敷の中へ入った。廊下にも、何人か学生が立っていた。屋敷の中はどこも薄暗く、他人の顔が見えにくい。屋敷の広間のような場所には、学生が二十人ほどいた。数人ずつ集まり、魔法を教えあっているようだ。


「君に、解除魔法を教えてもらいたいと言っているメンバーが何人かいるんだ。こっちだよ」


 マレクは広間の中央あたりに集まっていた学生たちの輪の中に、二人を連れていった。


「今日の先生が来たよ。えっと、名前は」

「リディ」

「連れの君も、解除魔法は使えるのかい?」

「いや、俺は使えないよ」


 さらっと嘘をつくシリルをリディはジロリと睨んだ。どうせ教えるなど面倒くさいと、嘘をついているだけなのだ。


「そう、じゃあ君は他のところへ行ってくれてもいいし、ここで一緒に教わってもいいけど、どうする?」


 シリルはちらっとリディを見た。ここで離れるのは得策ではないだろうと、目で訴える。シリルも同意見のようで、小さく頷いた。


「俺もリディに習うよ」

「それじゃあ始めてくれ」


 リディはしばらく解除魔法を教えていたが、リディの教え方が悪いのか、学生たちの能力不足か、解除魔法を会得した者はいなかった。


「今日はこれくらいにしとこうか」


 マレクの一声で、解除魔法を試みていた学生たちは手を止める。


「やっぱり解除魔法は難しいね」

「こんなの易々と使えるのは、王立研究所の魔法使いくらいじゃないか?」

「そうだな。目指すなら使えるようにならないと」


 学生たちは口々に言った。研究所がそんなに憧れの的だったとは知らなかった。


「ねえ、アッシは?」


 シリルはマレクに聞く。


「あー、今日は来てないのかな?」

「あまり来ないのか?」

「ああ。優秀な人材を探し回るのに忙しくしてるからね。会いたいなら校舎内を探し回った方がいいよ」

「アッシは何年だ?」

「知らない。ここでは、そういう話はしないことになっている。勉学の話以外はご法度だよ。さあ、そろそろ帰ってくれ。あまり遅くまで活動していると、教授方に目をつけられる」


 マレクは早口にそう言うと、他の学生たちにも帰るように声をかけに行った。

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