第57話 謎の青年
その後、授業を三つ受けた。どの授業も基本的なことしか言わないため、エマのことを考えてしまい、もやもやしたまま全ての授業を終えた。そして、夕方に城へ戻り、ギルバートの執務室へ報告へ行った。
「どうだった?」
昨日よりは元気そうなギルバートが言う。リディが口を開く前にシリルが話し始めた。
「リディが防衛魔法の授業で、教授の魔法を解除してちょっとした騒ぎになりました」
「何だと?」
ギルバートは眉間に皺を寄せてリディを見た。ギルバートの近くに侍っているテオドアも、これ見よがしにため息をついた。
「無意識にやってしまって」
「魔力を抑えるものをつけておけ。テオドア、何か持ってきてくれ」
「何がいいですか?指輪が一番邪魔にならないですかね」
「装飾品は付けたくありません」
「では、髪紐はどうですか?髪を束ねるだけなら邪魔にもならないでしょう」
「まあ、それくらいなら」
リディが承諾すると、テオドアは部屋を出て行き、すぐに帰ってきた。
「これでよろしいですか?」
テオドアの手には、真紅のベルベットのリボンが乗っていた。リディは苦い顔をする。
「もっとこう、目立たない髪紐はないのか?」
「文句を言わないでください」
リディは仕方なくリボンを受け取る。せめて紺とか深緑とか目立たない色にしたい。色を変えるくらいならいいだろうか。
「他の魔法をかけたりするのもやめてくださいね。魔力抑制の魔法が正常に作動しなくなると困りますので」
テオドアはリディの考えを読んだのかと思われるくらい的確な注意をした。リディは再び苦い顔をしたが、黙ってリボンをポケットにしまった。
「目立ってしまったものは仕方がないが、明日からは気をつけるように」
リディは小さく返事をした。
「目立ったことで、一ついいこともありました」
リディはシリルを見た。いいことなんかあった覚えはない。
「なんだ?」
「勉強会に誘われました。明日の放課後は勉強会に参加します」
ああ、そういえば誘われた。すっかり忘れていた。
「そうか。気をつけて」
ギルバートが仕事に戻ったため、リディとシリルは部屋を出た。部屋を出ると、リディは扉を閉めようとしたが、テオドアがついてきていることに気づき、扉から手を離した。
「リディ、少し話を」
テオドアは後ろ手に扉を閉めながら言う。
「なんだよ」
「じゃあ、俺は先に帰るね」
「ええ、お疲れ様でした」
テオドアはシリルを笑顔で見送り、リディを人気のない場所まで誘導した。
「なんだよ」
早く家に帰りたいリディは苛々としながら言う。
「エマと何かあったのですか?」
「エマがなんか言ってたのか?」
「何も聞いていませんが、元気がありませんでした。あなたも今日は少しおかしいですよ。どうしたんですか。そんなにぼーっとして」
「いや、別に」
「シリルが自ら進んで報告するのなんて初めて見ました。余程今日のあなたがポンコツだったのではないですか?」
ポンコツとは失礼な奴だ。しかし、振り返ってみれば、なかなかポンコツだった気もしてきた。リディは迷った挙句、正直に話すことにした。
「昨日、エマの兄貴に会ったことを伝えたら、なんか変な感じになって、それからほとんど話してねえ」
「なるほど……まあ、デリケートな問題ですよね」
「そうか?」
「お兄さんの方は、エマは死んだかもしれないと思っているのですよ。エマだって、会いたいと思っても、会えないわけですし」
「そうか」
リディがピンときていないのが分かったのか、テオドアは呆れ顔でリディを見た。
「あなたは本当に人の心を持っていますか?」
「失礼な奴だな」
「家族ともう会えないというのは、辛いことですよ」
「……それなら、家に帰ればいい」
「ですが、そうするとあなたと」
「私とは毎日研究所で会うだろう」
「そうですが、そういう問題でもないのでしょう」
「じゃあどういう問題なんだよ」
「リディには、エマのような繊細な方の機微など理解できないでしょう」
「お前は私を貶すために引き留めたのか?もう帰る」
「ええ。あまり余計なことを言わないように気をつけてくださいね」
「うるせえ」
リディは腹を立てながらエマの研究室へ向かった。
帰宅してからも、エマとリディの間に会話らしい会話はなく、気まずい空気が流れたままだった。エマとこんなに気まずくなるのは初めてで、リディはどうしていいか分からなかった。
「私寝るわね。おやすみ」
「ああ、おやすみ」
家事を終えたエマはリビングにいるリディに声をかけると、二階へ上がっていった。リディはため息をつき、読んでいた本を顔の上に置いた。
「あいつに会ったこと、黙っとけばよかったか……」
しかし、それでは、エマに隠し事をする形になる。それはそれで嫌だ。
「そもそもあいつに会わなければ……」
だんだんイライラとしてきたリディは、顔に乗せた本をバタンと閉じ、ソファに投げ捨てた。元凶は全てあいつだ。エマとこんなことになったのも、担当の学校が変更になったのも。まあ、制服が葬式のような黒々しい制服から、濃紺のマントと淡いブルーのワンピースに変更になったため、学校が変更になったのは、良かったかもしれない。
「……ん?」
リディは何かを見落としている気がした。黒々した制服。大きな建物。
「魔術科は向こうの門だよ」
真っ黒な制服に身を包んだ真面目そうな青年。
「ねえ、君、バッケル教授の魔法、解除したんだって?」
濃紺のマントを纏った、真面目そうな青年。
気づいた途端、リディはソファから転げ落ちそうになった。なぜ気が付かなかったんだ。同じ人間に、なぜ二つの学校で出会うことができる?
「あいつ、何者だ……?」
リディの呟きは、夜の闇の中へ消えていった。
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