第56話 しくじり

 エマは家族を恋しがっているのだろうか。


「リディ」

「もし、家族のもとへ帰ると言い出したら……」

「リディ!」

「え?」


 シリルは前方を指差し、リディはそちらを見る。教授がリディを見つめていた。神経質そうな教授は、苛立ちを隠せていない。


「随分と余裕なようですね。前に出て、皆さんに手本を見せて差し上げて」

「え?なんの?」

「今話していた魔法です。たった今話したばかりですので、助言はいたしませんよ」


 仕方なく、リディは前へ出た。何をすればいいのかさっぱり分からない。


「そちらに立って。そうそこですわ。さあ、いきますよ」


 教授はリディ目掛けて魔法を放った。大した魔法ではない。これをどうしろと言うのだと思いながら、リディは無意識のうちに魔法を解除していた。リディ目掛けて放たれた魔法の閃光は霧散した。教授は何が起こったのか分からないという顔でリディを見つめていた。教室内はしんと静まり返る。シリルの方を見ると、シリルが無表情のまま手で口を押さえていた。リディはやらかしてしまったらしいことを理解した。


「あ、貴女、今、何を」


 教室内がざわめき始める。おそらく、簡易な防御魔法を使うことを求められていたのだろう。普通の防御魔法で、放たれた魔法が霧散することはない。


「えっと……」

「私の魔法を解除なさったの?」

「まあ……そうですね」

「どうして……そんなに高度な魔法を……」


 言い訳を考えていると、授業終了時刻を知らせるベルが鳴った。リディは助かったとばかりに席へ戻る。さっさと荷物をまとめ、シリルと共に教室を出た。




「普通の学生は、解除なんてできないよ」


 廊下を歩きながらシリルは言う。


「そうだろうな」


 リディは、一般的な学生の魔法能力がどれくらいのものなのか知らなかったが、解除魔法が高度魔法に含まれることくらいは知っていた。


「潜入調査の時は目立っちゃダメらしいよ」


 シリルは非難するでも、呆れるでもなく、事実を伝える口調で言う。


「そうだろうな」

「リディはこれ貰ってないの?」


 シリルは左手をリディに見せた。人差し指には指輪がついている。


「なんだそれ?」

「魔力出力を抑える指輪」

「貰ってねえ。お前信用されてないんじゃねえの?」

「かもね。でも、リディの方が必要だった」

「確かに」


 次の授業まで空き時間があったので広間へ行くことにした。広間へ入った途端、視線を感じた。感じるだけではなく、明らかに指をさされている。ひそひそと話している学生の姿もちらほらあった。噂が広まるのは早いらしい。


「なんか落ち着かねえな」

「そう?」

「お前ほんと周り気にしないよな」


 シリルはぱっちりとした目でリディを見た後、分厚い本を開き、紙の束を取り出した。


「何してんの?」

「卒業課題」

「へえ。大変だな」

「うん、文章書くの苦手」


 リディも文章を書くのは苦手なため、助けることはできない。かと言って、何もしていないと、エマのことを考えてしまって落ち着かない。リディも本を取り出し、読書を始めた。




「ねえ、君、バッケル教授の魔法、解除したんだって?」


 本から顔を上げると、真面目そうな青年が立っていた。入学式の日に魔術科の門を教えてくれた青年だ。青年の方は、二人のことを覚えていないらしく、初対面のように話し続ける。


「すごいね。どこで習ったんだい?」

「母親に」

「へえ。お母さんもすごい魔女のようだな」


 にこやかに話す青年に恨みはないが、中身のない会話は好きではない。というか、入学式の日の素っ気ない態度と随分違う。他人の能力によって態度を変える奴なのだろうか。そうだとしたら嫌な奴だ。


「どうも」


 リディはそれだけ言うと、読書に戻ろうとした。よく分からん奴の相手などしたくない。青年はリディのそっけない態度にもめげず、リディの向かいに座った。


「邪魔してごめんよ、君、明日の放課後暇かい?僕らの勉強会に来てくれると嬉しいんだけど」

「勉強会?」

「そう。クラブ活動みたいなものだよ。メンバー同士でいろいろ教え合ってるんだ」


 面倒くさい。断ろうとしていると、隣でシリルが本を閉じた。


「それ、俺も行っていい?」

「ああ、もちろん。大歓迎だよ」


 青年は、ポケットから紙切れを取り出すと、その上にさらさらとペンを走らせた。


「これ、地図。僕、アッシの紹介だと言ってくれ。じゃあまた明日」


 青年は紙切れをリディに渡すと、去って行った。リディはシリルの方を見た。


「珍しいな。こんなんに興味持つなんて」


 リディが紙切れをひらひらとさせながら言うと、シリルは呆れたようにリディを見る。


「他の学生と関わる機会は逃しちゃだめだよ」


 シリルに言われ、任務のことを思い出した。学生たちから情報を集めねばならない。そのためには、こうした学生の集まりに潜り込むのが一番手っ取り早いということだろう。


「なるほどな」

「リディってこういう任務向いてないよね」

「こんなことしたことないしな」

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