第52話 エルフの護衛
金色の髪が光を反射して輝いて見えた。風で揺れる髪に手を伸ばしても届かなかった。若い男は笑う。エメラルドのような緑色の目には、丸々とした赤ん坊が映っていた。むちむちとした小さな手を、男の大きな手が優しく包み込む。若い女が、幸せそうに男の近くに座った。女の白くしなやかな手が、赤ん坊の頬を撫でた。女の瞳は、グレーがかった水色で、長い睫毛に縁取られている。女の瞳にも、赤ん坊が映った。赤ん坊は女の髪の毛にも手を伸ばした。女の長い髪には、手が届く。髪の毛を掴むと、女は笑った。
目を開くと、マティアスとアレクシス、そしてエルフがいた。エルフ、ああ、伯父のリクハルドだ。夢に出てきた若い男は、リクハルドに雰囲気が似ていた気がする。マティアスとアレクシスは血の気の失せた顔でギルバートを覗き込んでいた。ギルバートは、自分が死んだ気がしていたが、どうやら生きているらしい。
「ギル……」
「ギル、大丈夫か?」
マティアスとアレクシスは口々に言う。
「大丈夫です。犯人はリディではありません」
「分かっているよ」
リクハルドは静かに言った。一人落ち着き払っているこの男には、犯人の目星がついているのだろう。
「少し、二人で話がしたいのですが」
リクハルドが言うと、マティアスとアレクシスは退室した。
「なぜ助かったのですか?エルフの秘薬による死は、免れることができないのでは?」
「ただ一つ、免れる方法がある。だが、それを人間界に生きるお前に教えるわけにはいかない」
「そうですか」
ギルバートは身体を起こした。身体は軽く、なんの影響も感じられなかった。むしろ、普段よりも調子がいいくらいだった。
「エルフの秘薬の材料には、ランク付がある。材料のランクにより、作れる薬の強さが決まる。劇薬を作るには、最上ランクの材料が必要になるが、高ランクの材料は全て国で管理されている。今回、お前が飲まされた薬の材料はエルフの国で調達されたものではない」
「では、どこで?」
ギルバートはその答えを知っていたが、答え合わせのつもりで尋ねた。
「国境の森、人間たちからは迷いの森と呼ばれている場所でかなり質の良い星の実が発見された。それと、王立魔法研究所および、ウィデリアンド王国領内の森から盗難があったと聞いている。おそらくそれらが利用されたものだと思われる」
ゴルトバの森の星降る樹から転送された養分は、迷いの森の星降る樹へ蓄積された。そして、高品質な星の実ができあがった。一連の盗難は、エルフの秘薬を知る者の炙り出しと、高品質の材料を手に入れるためのものだった。そう考えると全て繋がる。
「それで、犯人は?」
「まだ捕まっていない。目星はついているのだが」
「魔力の気配が、なりすまされた者そのものでした。エルフは魔力の気配も真似ることができるのですか?」
リクハルドは苦い顔をする。聞かれたくないことを、ギルバートは聞いてしまったのだろう。
「いや、それはできない。魔力の気配は魂そのものだ。誰にも変えることはできない」
「では、なぜ、犯人はリディそのものだったのですか?」
「それは答えられない」
「私は、殺されかけたのですよ。それでも、知る権利はないと仰るのですか?」
ギルバートは苛立ちを隠すことはできなかった。この後に及んで、何も知ろうとせず、何も考えるなと言うのか。
「最重要機密に関わることだ。契約のため、私の口からは言えない。もちろん、マティアス殿やアレクシス殿も同様。口にする権利がない。全ては、世界のため」
「世界の……?」
「お前がこの件に関わる必要はない。時が来るまでは大人しくしていなさい」
リクハルドは、ギルバートの額を軽く指で突いた。ギルバートはされるがまま、抵抗などしなかった。まるで、そう仕組まれていたかのように。
「話は終わりだ。気分は悪くないかい?」
「はい。いつもより、調子がいいくらいです」
ギルバートはぼうっとしていた。少し前まで、何かに怒っていたような気がするが、何も思い出せないし、何もかもどうでもいい気さえしてきた。
「それは良かった。ノア、オーラ」
リクハルドが呼ぶと、エルフの青年が二人出てきた。見た目だけで言うと、ギルバートと変わらない歳頃に見える。
「この子達がお前の護衛をする。ノアとオーラだ」
「よろしくお願いいたします、ギルバート様」
「城の外へお出かけの際は、お呼び出しください。すぐに参ります」
ノアとオーラは順番に言った。
「悪いな。よろしく頼む」
ノアとオーラは軽く頭を下げると、消えてしまった。
「これで今までよりは自由に動けるようになるはずだが、一国の王子であることを忘れずに、慎重な行動を心がけるように」
「はい」
リクハルドは立ち上がり、ギルバートに背を向けた。美しい金色の髪が揺れた。
「お前の従者が心配しているようだ。私は失礼するよ」
リクハルドは長い髪を揺らしながら部屋を出ていった。そして、リクハルドと入れ違いに、テオドアが入ってくる。テオドアはフラフラとベッドの近くまで来ると、「よかった」とだけ呟いた。少しおかしくて、ギルバートは笑ってしまった。
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