第50話 謎の訪問者
「ギルバート様」
応接室を出ると、テオドアが駆け寄ってきた。部屋の前でずっと待っていたらしい。
「部屋へ戻る」
「よろしいのですか?」
「ああ。伯父上はマティアス兄様と内緒話をなさるようだからな」
ギルバートがテオドアを連れ、のんびり歩いて部屋へ戻ると、部屋の前にリディが立っていた。もう普段の服装に着替えていて、結い上げていた髪の毛も、いつも通り下されていた。
「どうした?」
「お話ししたいことが」
リディは無表情にそう言った。
「話?なんだ?」
「誰かに聞かれるとまずい」
「では部屋で聞こう」
ギルバートは部屋の扉を開き、中へ入る。リディとテオドアがそれに続こうとしたが、侍女がテオドアを呼ぶ声が聞こえた。テオドアは扉のところで立ち止まり、侍女が来るのを待っていた。すぐに侍女が駆けつけ、テオドアに何かを伝えた。内容は聞こえないが、良くない知らせのようだ。
「ギルバート様、少し外します」
「ああ」
慌てた様子のテオドアは侍女とともにどこかへ消えた。リディは部屋の扉を静かに閉めた。
「で、なんの話だ?」
ギルバートは上着を脱ぎ、ソファの背もたれにばさりと掛けた。正装は肩が凝って仕方がない。
「エルフの王は来なかったのですね」
「ああ。歳だそうだからな」
ギルバートは水差しからグラスに水を注いだ。リディは何も話そうとせず、ただ突っ立っていた。用もないのにリディが訪ねてくるとは思えないため、用はあるのだろうが、わざわざ聞き出すのも面倒だった。グラスを持って窓の方へ行った。今日も天気が良い。こんな日に一日中、部屋で待機していなければならないなんて、ため息しか出ない。リディはまだ何も言わずに、扉の近くで立っていた。よく分からないが、そのうち話し始めるだろうと水を飲む。その途端、弾けそうなくらい心臓が大きく脈打つのを感じた。グラスが手から滑り落ち、床に当たって割れた。水とガラスの破片が飛び散る。胸のあたりを掴むように押さえて、その場に崩れ、膝をつく。呼吸が苦しい。毒だ。誰が……
「大丈夫ですか?」
リディは見たことのないような優しい微笑みを浮かべて言う。この部屋には、勝手に誰も入れないよう魔法をかけている。部屋を出る前に、この水差しから水を飲んだ時には何も入っていなかった。その後、この部屋に入ったのはギルバートとリディだけ。
「お前、何を……」
リディはゆっくりとギルバートに近づいた。とてもリディとは思えないような笑みを浮かべたまま、一歩ずつ、ギルバートに近づいてくる。
「エルフの血が流れる者は、普通の毒薬で死ぬことはない。エルフに死を贈るためには、特上の材料で、最上の呪いを込めて作ったエルフの秘薬を使うほかない」
上手く息ができず、視界も狭まってきた。床に倒れ、震える自分の手が見えた。リディはギルバートの傍に立ち、ギルバートを見下ろしているようだった。自分が毒を盛った人間の最期の時でも見納めようとしているのだろうか。
偽物か?いや、リディだ。見た目も、魔力の気配も、リディそのもの。絶対にリディなのに、違和感しかなかった。ギルバートは自分の震える手を見た。
ギルバートは最後の力を振り絞り、リディの手を掴む。リディは少し驚いた顔をしていたが、そのまま手を目の前まで引いた。リクハルドを出迎える前にリディの手にかけた魔法を解こうとしたが、解けない。目の前にいるリディの手には魔法などかかっていなかったのだ。
「お前はだ、れ……」
言い終える前に、視界が暗くなり、ギルバートは全ての感覚を失った。
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