第49話 エルフの来訪

 身支度を他の者にやらせるのは好きではないので、魔法で済ませた。上着を着たらもう出られる。ギルバートは落ち着かず、水を飲みながら窓の外を眺めた。


 しばらくすると、テオドアがリディを連れて部屋へ戻ってきた。リディはすでに正装に着替えており、いつもは下ろしている髪の毛が、綺麗に結い上げられている。普段は髪に隠れて見えない耳に、エルフの王から贈られた耳飾りが輝いていた。


「なんか用ですか?」


 リディは面倒くさそうに言う。昨日の朝退院して、昨日は一日家で療養していたはずなのに疲れているように見えた。


「朝から疲れているようだが」

「早朝からエマを手伝って、植物の世話をしてたんです。ずっと寝てたせいで体力がなくなっていました」

「その手はどうした?」

「え?ああ、これですか」


 リディは左手を胸のあたりまで上げた。手の甲が痛々しくかぶれている。


「なんかの植物でかぶれました」

「手当てはしたのか?」

「簡単な手当てはしました。原因が分からないんで、どうしようもないです」


 ギルバートはリディの左手首を掴み、手を自分の前まで持ってきた。植物に詳しいエマが原因を思いつかないくらいだ。ギルバートにどうにかできるはずもない。ギルバートはリディの手の上に手を翳した。すると、リディの手の甲は元に戻ったように見えた。


「痛々しいから隠しておいた。後で病棟へ行け」

「はいはい」


 かぶれが見えなくなった手を見つめながらリディは面倒くさそうに言う。病棟へは行く気がなさそうだ。


「お前は、俺付きの護衛を外れることになった」

「そうですか」


 もっと喜ぶかと思っていたが、リディは意外とどうでもよさそうに言うだけだった。本当に疲れているらしい。


「今日が最後の仕事だ。といっても、正面口へ出て、客人を迎えるだけだけどな」

「客人?」

「俺の伯父上だ」

「伯父?……エルフの?」

「ああ」

「それでは、行きましょうか」


 テオドアは二人の会話を遮るように言うと、部屋を出るよう促した。ギルバートは、あまり伯父に会いたくはなかった。面倒だし、興味もない。人の上に立つ者は、下の者に責任を負わねばわならない。下の者がやったことは全て上の者の責任だ。リディに負傷させたのは、伯父の部下だった者だ。そのため、ギルバートは伯父のことをあまり好意的に見ることができない気がしていた。




 正門から入ってくる一団は煌びやかだった。ギルバートは本物のエルフを見るのは初めてだった。美しい白馬に引かれた馬車は、城の前で停車し、従者たちが馬車の扉を開けた。中から、一人の男が降りてくる。人間で言えば、四十代くらいに見えるその男は、輝くような長い金髪を後ろで束ね、堂々たる足取りでマティウスの前までやってきた。


「国王の代理で参りました。第一王子リクハルドと申します」

「ようこそお越しくださいました」

「まずは、先日の我が家臣による非道な行いをお詫びいたします。誠に申し訳ございませんでした」


 リクハルドは深々と頭を下げた。


「いただいた魔法薬がよく効いたようで、もう快復しております。贈り物も常に身に付けさせておりますゆえ、この話は終わりにいたしましょう」

「寛大なお言葉感謝いたします」


 リクハルドは再び深く頭を下げ、マティアスと握手を交わした。


「ギルバート、来なさい」


 マティアスに呼ばれ、ギルバートはマティアスの方まで進み出た。リクハルドはギルバートの方を見ると、目を見開く。その目にはじわりと涙が溜まった。


「第二王子のギルバートでございます」


 マティアスが言い、ギルバートは会釈した。リクハルドは、手で目を覆う。


「すまない、あまりに、亡き弟、お前の父親にそっくりで」


 ギルバートには目の前に立つ男が、政敵を多く作るほどに、過激な政治を行う男にはとても見えなかった。


「よく、顔を見せてくれ」


 リクハルドの声は震えていた。リクハルドはギルバートの肩に手を置き、顔を覗き込んだ。そして、ギルバートを抱きしめた。ギルバートは父親を知らないし、もちろんリクハルドのことも知らないが、二人は仲が良かったのだろうと思った。


「先日は私の家臣がすまなかった」

「もう過ぎたことです」


 過ぎたことなどとは思っていなかったが、そう言う他なかった。それに、なぜか目の前の男を憎むことができないように思えた。


「では、中へ参りましょう」


 マティアスが先導して、一行は城内へ入った。応接室ではアレクシスも合流し、ギルバートはマティアスとアレクシスに挟まれ、リクハルドと向かい合って座った。


「父上もお前に会いたがっているよ。お前の父、ヴィルヘルムは未子で、皆に可愛がられていた。もちろん、私も例外ではない。あの子が、私よりも先に逝ってしまうなど、とても信じられなかった」

「不慮の事故と聞いていますが、なぜ両親は死んだのでしょう?」

「ああ、私も詳しくは知らんのだ。それにしても、本当にそっくりだ」


 やはり、何か隠している。ギルバートは直感的にそう思ったが、マティアスが話を逸らしたため、それ以上は何も聞けなかった。


 しばらく、四人で世間話をした後、ギルバートはアレクシスに促され、アレクシスと共に退席することになった。

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