第48話 疑惑

 城の廊下を早足で歩いていた。テオドアはどこかへ行ったまま帰ってこない。大方、エマと会ったとかで話し込んでいるのだろう。病棟までなら、移動魔法を使っても怒られない気はするが、文句をつけられないように生活したほうがいいと思い、歩いていくことにしたのだ。


「ギル、今日も見舞いに行くのか?」


 振り返ると、アレクシスが立っていた。いつ見ても忙しなくしているが、ちゃんと仕事をしているのかは怪しいところである。


「そうですが、何か用ですか?」

「俺も連れて行ってくれ。勇気ある魔法使いに礼を言わねばならん」


 アレクシスは勝手にギルバートの横に並んで歩き出した。


「魔法使いではなく、魔女ですよ」

「そうなのか。お前が女性を護衛にするなど珍しいな」

「そうですね。規格外に強いので油断しました。もう解任します」

「負傷させるのが怖いか?派遣員など、危険な任務も多い。お前の護衛にしておく方が安全な気がするけどな」

「……どちらにせよ、常時の護衛はエルフが付くそうなので」

「まあ、そうだな」


 アレクシスのどうでもいい話を聞きながら、病棟まで歩いた。こんなことになるのであれば、魔法を使ってしまえばよかったとギルバートは後悔した。



 リディの病室に着き、扉をノックすると、すぐに返答があった。ギルバートが病室へ入ると、リディはギルバートの方を見る。リディは相変わらず暇そうにベッドに座っていた。


「調子はどうだ?」

「おかげさまで、明後日には退院です」

「リディ!」


 ギルバートに続き、病室へ入ったアレクシスは、リディを見るなり大きな声で言った。リディはうるさいとでも言うように顔を顰めた。


「お知り合いで?」

「ああ、王都まで馬車に乗せてやったんだ」

「いえ、知りません」


 アレクシスとリディと同時に言った。リディは怪訝な顔でアレクシスを見ていた。そして、アレクシスは何かを思い出したかのように、手をポンと叩いた。


「ああ、この姿では分からないか。シムだよ」

「は?」

「訳あって、シムになりすましていた。本物の彼は今、外国にいる」

「はあ、で、誰だよお前」


 リディは事情を理解できていないようだったが、面倒くさくなったのか、諦めた様子で尋ねた。


「ギルバートの兄だ」

「兄?」

「行方不明だった次男だ。明日にも王太子の座に戻ることになる」


 ギルバートは言葉足らずなアレクシスに代わり、補足してやった。


「よく分からんが……良かったですね。王太子から降りれて」

「そうだな」

「いやあ、リディだったか。弟を救ってくれたのは。感謝する」


 アレクシスは豪快に笑いながらリディに近づき、リディの肩にぽんと手を置いた。アレクシスは何も考えていないようだったが、リディが怪我をしたのとは反対の肩だったため、ギルバートは何も言わなかった。


「別に救おうと思った訳ではないです。結果的に救っただけで」


 リディは少し嫌そうな顔で、肩に置かれたアレクシスの手を見ていた。アレクシスは基本的に距離が近い。リディの苦手とするタイプだろう。


「それでも救ったことに変わりはないんだ。ありがとう。さて、俺は行くよ。どうせ俺がいると話せない話でもしにきたんだろう。リディ、弟をよろしく」


 アレクシスは言いたいことだけ言うと、病室を出て行ってしまった。相変わらず忙しない人だ。ギルバートはベッド傍の椅子に座った。


「何の用ですか?」


 リディは用が無いなら帰れと言いたいようだったが、残念ながら今日はちゃんと用がある。


「お前は本当にセルヴェ伯爵家に生まれたのか?」

「そう聞いてますが、覚えてないので知りません。どうしたんですか?いきなり」


 分かってはいたが、リディは自分のことなのに随分と他人事のように言う。リディは自分のルーツというものに、本当に興味がないのだろう。知らなくても問題ないことなど、どうでもいいと思っていそうな気はする。無駄なことは言わない方が良いだろうかと思いつつも、ギルバートは続けた。


「お前にもエルフの血が混ざっているのではないかと考えた」

「も?ということは、王子はエルフの血が混ざってたんですか?」

「父がエルフらしい。母はこの国の姫だったそうだ」

「じゃあ、国王たちは血縁上は伯父なんですね」

「ああ。まあ、今更そんなことを言われても、兄は兄だ」

「でしょうね。でも、王家の人間でよかったじゃないですか」


 よかったかどうかは分からない。実は王子ではなかったという方が吉報だった気もする。しかし、本当は王子でもないのに、王子をやらされていたわけではなかったことは良かったのかもしれない。


「とにかく俺はエルフの血をひいているから、魔力が強い。その魔力に匹敵するお前は、本当に人間なのか?」

「そんなこと聞かれても知りませんよ」

「エルフしか知らないエルフの秘薬のことも知っていた」

「じゃあ、もしエルフの血を引いていたとして、なぜエマには魔力がない?私たちが双子なのは間違いない。私がエルフの血を引いているなら、エマだって引いていないとおかしい」

「そうなんだよな」


 ギルバートもそこだけが引っかかっていた。どこからどう見ても、リディとエマは双子だ。エマには魔力が全く無いため、エマはエルフの血など引いていないのも間違いない。そうなると、やはりリディは人間なのか。


「私は自分の正体を知りたいとか、そういうのは全くないので、どうでもいいです」


 リディは心底面倒臭そうに言った。本人がここまで関心を寄せないのであれば、これ以上追求するのもよくないだろう。


「そうか。邪魔したな」


 ギルバートはリディの病室を後にした。

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