第47話 王子の正体

「座りなさい」


 マティアスの向かいに、アレクシスとギルバートは座った。マティアスが机を軽く叩くと、赤ワインとグラスを三つ現れる。


「ギル、外へ話が漏れ聞こえぬよう魔法をかけてくれ」


 マティアスはグラスにワインを注ぎながら言う。ギルバートは言われた通り、魔法をかけた。マティアスはグラスを揺らし、ワインを一口飲んだ。


「私たちには姉がいた。成人の儀を前に亡くなった、ということになっている」


 ギルバートにとっては初耳だった。誰からもそんな話を聞いたことはなかったし、そんな痕跡はどこにもなかった。アレクシスはグラスのワインを飲み干し、ボトルから勝手に二杯目のワインを注いだ。


「その姉が、お前の母だ」


 思いもしていなかった流れにギルバートは言葉を失った。アレクシスは二杯目のワインも飲み干し、三杯目を注いだ。


「姉が十四の時、エルフの第二王子一行が初めてこの城を訪れた。いつの間にか、姉と第二王子は想い合っていた。しかし、身分の高いエルフは他種族との婚姻を禁じられている。そのため、父上とエルフの王は内々に話をつけた。後日、二人の死が偽装され、姉の十六の誕生日に、二人は遠い地へ行き、そこで平民として暮らし始めた。その一年後に生まれたのがお前だ」


 マティアスはギルバートのことなど気にもかけず、淡々と話し続けた。ギルバートはただワインを見つめていた。


「その後、二人は、不慮の事故で亡くなった。残されたお前は、丁度体調を崩してしばらく公の場に出ていなかった母上が産んだことにされた」

「……そう、ですか」


 やはりエルフの血を受け継いでいた。それは予想通りだったが、ギルバートは釈然としない気持ちだった。その他のことは、考えてみたこともなかったのだ。


「今回、お前の命を狙っていたのは、お前の伯父にあたるエルフの第一王子の取り巻きの一部の者たちだ。エルフの王も歳でそろそろ世代交代かと噂されているんだが、第一王子は政敵も多く、エルフ界は今ガタついている。取り巻きの一部は、第一王子と敵対する勢力が、お前を次の王に担ぎ上げることを恐れたらしい」


 アレクシスは淡々と言う。ギルバートは自分の関知しないところで、勝手な憶測が飛び交っていることに不快感を覚えた。王子でさえ嫌なのに、王にされるなんてありえない。というか、人間界で育った混血の者が王になるほうが、第一王子が王になるよりマシだと言う者がいるのだろうか。いたとすれば、それは傀儡に仕立て上げたい者だけだろう。


「今回の犯人は、エルフによりすでに捕らえられているそうだが、今後もお前の存在を知った者が、お前を利用しようと近づいてきたり、命を狙ったりするかもしれん」


 マティアスはギルバートを見据えた。その目には、憐れみの色が見える。


「お前は王子などという身分は欲しくもないのだろうが、お前を守るためにも、この城から出してやるわけにはいかんのだ」


 マティアスはもっともらしく話を切り上げようとしている。しかしギルバートには、まだ何か隠されているような気がしてならなかった。


「お話は分かりました。ですが、なぜその程度のことを、隠し続けていたのですか?」

「知らぬ方が安全だと思われた」

「そうですか?こんな話、知ったところで、特に何もしません」

「幼い時分に聞かされていたとしたらどうだ。そのように冷静にいられたか?」

「それは分かりませんが、少なくとも数年前からはこちらからお尋ねしておりました。知りたかったからです」

「父上から口止めされていた。父上にとって、お前はいつまでも小さな子なのだ」


 マティアスたちはまだ何か隠している。しかし、それを言うつもりはないらしい。ギルバートは一口も飲んでいないワインを見つめた。いろいろと疲れた。今日は自分の出自が分かっただけで良しとするか。


「それで、アレクシス兄様は商人の姿に化けて何を?」

「エルフとの情報交換役を頼んでいた。お前の存在を知られぬよう、エルフとの接触は最低限に留めておかねばならんからな」

「では、王位継承権の放棄は表向きの嘘ということですか」

「いや、それは是非放棄したいと思っている」


 アレクシスはヘラヘラとした表情で言った。ギルバートはマティアスの方を見る。


「心配するなギルバート。私はこいつの王位継承権の放棄など認めるつもりはない。それと、アレクシスにはもう城は戻ってもらう」

「ご冗談でしょう?」

「本気だ。情報交換役はもう必要ない。ギルバートにはエルフの護衛がつく。護衛を連れるのであれば、外へ行ってもよい」


 アレクシスは頭をかきながらため息をついた。ギルバート以上に城にいることを嫌がる人だ。行方不明とされていた数年間は、悠々自適な生活を送っていたのだろう。ギルバートはざまあみろと思いながら、横目でアレクシスを見た。


「バレたなら、堂々と護衛した方が良いだろうとのことだ。リディは解任。もちろん、人手がいるときは任命したら良いが、常時の護衛はエルフで十分だろう」


 リディは言われなくも解任しようと思っていたし、今後はもう任命するつもりもない。エルフが護衛につくのであれば、周囲の者が負傷する可能性もほとんどなくなる。ギルバートの心は軽くなった。

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