第46話 商人シム

 病棟を出ると、テオドアが待っていた。ギルバートに気づくと、テオドアは恭しく頭を下げた。周りには誰もいないが、外だからだろう。ギルバートは顔を顰めた。


「どうでしたか?」

「まだ毒は抜けきっていないらしいが、本人は元気そうだった」

「そうですか。よかったです」


 テオドアと共に城に戻ると、ギルバートは違和感を覚えた。昔からよく知っている魔力の気配がするのだった。


「訪問者でもいるのか?」

「ええ、本日は商人が」

「商人……」


 ギルバートは呟くと、執務室とは反対の方向へ向かって歩き出した。


「ギルバート様、どちらへ?」

「マティアス兄様のところへ」


 テオドアが何かを言っていたが、ギルバートは無視して早足で歩き続け、玉座の間へ到着した。ギルバートに気づいた衛兵は、扉の前に立ちはだかっている。


「ギルバート殿下、陛下に御用でしょうか」

「そうだ」

「現在、来客中でございます」

「誰が来ている?」

「商人ボリバル殿の御子息、シム殿でございます」

「最近出入りするようになった商人か」


 振り返りながら聞くと、テオドアは頷いた。やはりそうだ。ギルバートははっきりと、前回の訪問時の違和感を覚えていた。


「構わん。退け」

「何者も通さぬよう申しつけられております」


 ギルバートは魔法で衛兵を跳ね除けた。加減はしたため、少し飛んだだけだったが、後で怒られるだろう。しかし、そんなことなどどうでもよかった。


「ギル!」


 テオドアの制止も聞かず、ギルバートは扉を押し開けた。マティアスと若い男が一人、ギルバートの方を見た。見たことのない男だったが、間違いない。


「何用だ、ギルバート。お客人がいらしているのだぞ」


 マティアスの威圧的な声にも動じず、ギルバートはシムの方へつかつかと歩み寄ると、シムの胸ぐらを掴んだ。


「お久しぶりです。アレクシス兄様」


 ギルバートの後ろで、テオドアは唖然とした顔をしていた。シムの方は、意味が分からないという風に微笑んでいる。


「何を仰っているのでしょう?」

「とぼけても無駄ですよ」


 ギルバートがシムを睨むと、シムにかかっていた魔法がみるみる解けていった。日に焼けた健康的な肌の色は白くなり、濃い茶色の髪は、金色に変わる。体型こそあまり変化はなかったが、精悍な顔立ちは、中性的な顔立ちに変わった。


「バレたか」


 アレクシスはヘラヘラと笑っていた。マティアスは目の前にいる商人が、アレクシスの姿になっても平然としている。シムがアレクシスであることを知っていたのだろう。ギルバートは舌打ちをしながら、アレクシスから手を離した。


「エルフの魔法でしたね。私は、エルフの魔法を解くことができました。そして私は、エルフに命を狙われているようです。なぜですか?兄様たちは、この問いに対する答えをご存知なのでしょう?」


 今日こそは何を言われても、問いただしてやる。絶対に。ギルバートはマティアスを睨みつけた。マティアスは表情ひとつ変えずに、ギルバートを見下ろしていた。


「ギル、そんなことを聞いてどうする?」


 アレクシスはヘラヘラとしたまま言う。


「知りたいのです。アレクシス兄様は、どこの誰だか分からぬ者に危うく殺されかけても、理由など知りたくないと仰いますか?」


 アレクシスはギルバートの両肩を掴み、ギルバートの顔を見据えた。


「ギル、お前は何も心配しなくていい。大人しく城にいればそれでいいんだ」


 アレクシスは小さな子を諭すように言った。ギルバートはカッとなってアレクシスの手を払い除ける。


「ふざけるな」

「ふざけてなんかいないさ。俺たちはいつでも、お前のことを思ってーー」


 ギルバートは頭に血が上り、アレクシスに向かって魔法を放ちそうになっていたが、それより先にマティアスが口を開いた。


「やめろアレクシス。ギルバートを焚き付けてどうするつもりだ?城でも壊させる気か?」

「滅相もない。兄上が言いそうな言葉を私が代わりに申しただけでございます」

「ふざけるのもいい加減に」

「ふざけてなどいません。兄上、俺は哀れな弟に同情しているのですよ。何を聞いてもはぐらかされる。毎日監視され、自由などない日々。俺なら死にたくなる。もうギルは子どもではありませんよ」


 アレクシスはギルバートの横に並び、ギルバートの肩にぽんと手を置きながら言う。どうやらアレクシスはギルバートの味方のようだ。そう思うと、いくらか溜飲も下がる。ギルバートは玉座に座るマティアスを見上げた。マティアスはしばらくの思案ののち、ため息をつく。


「分かった。話そう。私の部屋へ行こうか」


 マティアスはため息混じりに言うと、立ち上がった。

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