第44話 懺悔

 執務室の隅でソワソワと動き回るテオドアが目障りだった。出来るだけ気にしないように努力をしていたギルバートだったが、ついに我慢の限界に達した。


「さっきから何なんだ」


 ギルバートが言うと、懐中時計で時間を確認していたテオドアがギルバートの方を見た。


「何が?」

「うろうろと。目障りだ」

「悪い。エマから連絡がないから」

「エマ?」

「ああ。昨日はリディの病室に泊まったみたいだけど、今日からは僕が送迎する手筈になってる」


 ギルバートは、リディがいないとエマが家に帰れないことをすっかり忘れていた。


「そんなことせずとも、どこかに部屋を用意してやればいいだろう」

「エマが家で育ててる植物の世話をする必要があるとかで、あまり長く家を空けられないらしい」

「それなら早く送って来い」

「今朝方、病棟への立ち入りを禁止されたのを忘れたのか?誰かさんのせいで」


 リディの見舞いへ行き、看護師長に病室から追い出された後、病棟から正式な通達が送られてきた。その通達には、丁寧な言葉で、ギルバートが病室で騒いだことに対する批難と、ギルバートとその取り巻きの病棟への立ち入りを禁止する旨が書かれていた。もちろん、ギルバートはマティアスに叱られたし、テオドアもタラスあたりに小言を言われたことだろう。


「ペンダントに呼びかけろ」

「ペンダントを持ってないのか、返事がない。でも、もう時間も時間だし、研究所の誰かに頼んで病棟に」

「立ち入りを禁止されてるからなんだ。バレなければいいだろう」


 ギルバートは立ち上がり、テオドアの腕を掴んだ。


「ギル!またマティアス様に怒られーー」


 テオドアが言い終わる前に、ギルバートはリディの病室へ移動していた。ベッドの傍でうとうとしていたエマは二人の登場に驚き、椅子から落ちそうになった。テオドアはすかさずエマを支える。


「エマ、リディが心配なのは分かるが、そろそろ帰れ。昨日もろくに眠っていないのだろう」

「ですが……」


 エマは心配そうにリディの方に目をやった。リディは眠ってはいるようだが、苦しそうに浅く息をしている。かなり熱が高いようで、額にはじっとりと汗をかいていた。


「大丈夫だ。医師も看護師もいる。全員、腕は確かだ」

「そうですよ、エマ。心配いりません。今日は家でぐっすりおやすみなさい」


 テオドアが小さな子どもを諭すように言いながら、エマに手を差し出した。


「分かりました」


 エマはテオドアの手をとって立ち上がり、二人は消えた。ギルバートはエマが座っていた椅子に座り、リディを見下ろした。苦しそうに顔を歪めている。


 ギルバートは代わってやりたいと思った。確かに、リディが無茶をしたことに対して腹立たしく思っているが、それ以上に自分に腹が立っていた。自分も気づいていたのに、何もできなかった。魔法で何かをする間もなく、矢はリディの肩を射抜いていた。これほどまでに無力を感じたことはない。それどころか、自分の力で何でも出来ると驕っていた。


 お前は魔力が強いからと、油断しているのだ


 少し前にマティアスに言われた言葉を思い出して、拳を握った。忠告されていたにも関わらず、聞く耳を持たなかったのは、誰だ。


 あの矢は、様々なそして、複雑な魔法がかけられていたらしい。そして、ギルバートが矢に気づけたのは、魔力の気配を感じたため。おそらくリディもそうだろう。リディに、パフミーの能力が効かなかった理由は分からないが、結果的にそれが良くなかった。ちゃんと効いていれば、ギルバートが負うはずの怪我だった。


 リディが小さく呻き声をあげた。ギルバートはリディの額に手を当てた。かなり熱い。解熱剤が効いていないのだろうか。


「リディ」


 ギルバートは呟く。リディは苦しそうな表情のまま、眠り続けていた。


「悪かった」


 怪我をさせてしまったこと、苦しい思いをさせていること、ギルバートは全て自分の責任であるように感じていた。


 ギルバートがリディの額から手を離すと、リディが薄目を開けた。起きていたのかとギルバートはどきりとしたが、リディはすぐに目を閉じて寝息をたて始めた。相変わらず、苦しそうな呼吸だったが、眠っているようだったので、ギルバートは安心して、病室を後にした。

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