第43話 病棟での目覚め

「リディ!」


 エマが覗き込んでいる。リディは起きあがろうとしたが、頭はガンガンと打ち付けられているように痛むし、身体は重くてびくともしないし、肩も焼けるように痛い。


「動いちゃダメよ。じっとして」


 動きたくても動けねえよと言おうとしたが、リディは言葉を発することすらままならなかった。リディはぼうっとする頭で肩を射られたことを思い出す。


「ここは」

「研究所の病棟よ。ちょっと待ってて、先生を呼んでくるわ」


 やっとの事で絞り出した声は、言葉になっていたかも怪しかったが、エマはちゃんと聞き取れたようだ。エマは病室を出ていき、リディは一人取り残された。肩は相変わらず痛いし、気分も吐きそうなくらい悪いし最悪だった。


 エマが連れてきた医者は、異常がないか一通り診察した後、状態の説明をした。


「傷自体は大したことないんだけどね。矢に毒が塗られていて、それが厄介だった。あんなに強力な毒が傷口に触れたら、すぐに倒れて意識は戻らないまま死ぬだろうね。傷が浅かったからなのか、君の魔法耐性が強いからなのかは分からないけど、とにかく中和薬も効いているみたいだし、死ぬことはない。しばらくきついだろうけど、辛抱してね」


 正直、きついどころではない。他人事だと思って、軽い調子で言う医師にイラついたが、文句を言う元気すら、リディにはなかった。医師は何かあれば呼ぶように言うと、病室を出て行った。そして、医師と入替に憤然としてギルバートが病室へ入ってくる。続いて病室へ入ってきたテオドアも、いつになく真剣な顔をしていた。


「馬鹿かお前は」


 ギルバートはリディを見下ろして言う。開口一番に言うセリフかよとリディは思ったが、何も言えなかった。口を開くだけで頭に激痛が走りそうだったからだ。


「魔法使いは体を張って護衛などしなくていい」


 そのくらいリディにも分かっているが、体が勝手に動いていたのだ。仕方ないだろう。それに、リディは自分の周りに結界を張っていたため、矢くらい弾くと思っていたのだ。まさか結界が破られるとは思ってもいなかった。リディとて、自ら怪我をしに行くほどお人好しではない。


(ていうか、お前も庇いに行こうとしてたじゃねえか)


 リディはぼうっとする頭でも、ギルバートに対する反論くらいいくらでも思いついたが、口を開くことができなかった。薄目を開いていることすら疲れる。


 ギルバートはまだ怒りが鎮まらないようで、くどくどと何か言っていたが、何を言っているのか聞き取る元気すらリディにはない。リディはとうとう目を閉じた。ギルバートは聞いているのか?と苛立った声を出す。聞いてねえよとリディが思っていると、病室のドアが開く音がした。薄目を開けてドアの方を見ると、看護師が一人、薬の入った瓶を大量に台車に乗せて室内へ入ってきた。そして、ギルバートとテオドアの姿を見て、信じられないとでも言いたげな顔になった。


「ギルバート様!まだいらしたのですか!一目見るだけとお伝えしたと思いますが?もうお帰りください!リディには安静が必要なんです!たとえギルバート様であっても、しばらく面会は謝絶です!」


 中年の看護師にとって、王太子殿下という肩書きは恐るるに足りぬものらしい。看護師はギルバートとテオドアを病室から追い出した。


「さあ、リディ。気分はどう?」


 看護師は先ほどまでとは打って変わって、猫撫で声で尋ねた。リディは答えられる気がしなかったが、答えないといつまで経っても、返事を待ちそうだと思ったため、声を絞り出した。


「さいあく」

「そうよね。あら、熱が上がってるわね。解熱剤を作っておいてもらうわ。何か食べられそうな物ある?」

「ない」

「仕方ないわね。薬だけ飲みましょうか」


 看護師は魔法で、リディの上半身を軽く浮かせると、ベッドとリディの間に大きなクッションを挟んだ。


「この方が体勢は楽じゃないかしら?」


 確かに、頭痛がマシになった気がした。リディが軽く頷くと、看護師は満足気に台車のところまで戻る。いくつかの瓶から、少しずつ薬をコップに注ぐと、またリディの方へ戻ってきて、リディの口元にコップを近づけた。リディが小さく口を開くと、看護師はゆっくりとコップを傾け、リディの口に薬を注ぎ込む。リディは不味い薬を少しずつ飲まされ、吐き気が増した。


「また、三時間後に来るわ。何かあったらすぐに呼んでちょうだい」


 そう言い残し、看護師は病室を出て行った。その後しばらく、リディは高熱のせいで眠いのに眠れない状態が続き、見かねたエマが安眠効果のある薬草を焚いた。そのおかげで、リディはようやく深い眠りについた。

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