第42話 負傷

「リディ!」


 ギルバートはリディの傍へ行こうとしたが、兵士とテオドアに抑えられた。


「ギル!早く中へ」

「離せ」


 意識を失ったリディの顔色は、どんどん悪くなる。肩を射られただけにしては、おかしい。今のところ、血が大量に出ているわけでもない。


「ギル!」


 ギルバートは魔法でリディの傍まで行くと、リディの腕を掴み、そのまま研究所の病棟へ魔法で移動した。突然現れたギルバートとリディの方に看護師たちは注目した。そして、すぐに異様さに気づく。


「ギルバート様!?……リディ!」


 看護師たちは、驚きの声を上げる。あまりにも長距離の移動をしたため、ギルバートは目眩がしていた。


「射られた。矢に毒が塗られているかもしれない。早く、手当を」


 リディはすぐさま処置室へ運ばれていった。ギルバートは、立ち上がろうとしたが、目眩がひどく立ち上がることができなかった。


「ギルバート様、大丈夫ですか?」


 看護師が一人、ギルバートに手を差し出した。


「ただの移動酔いだ」

「移動酔いも、放っておいたら大変なことになりかねません。少し休んでください」


 看護師に促されるまま、ベッドに横になった。リディのことも気になってはいたが、気分が悪く、それどころではなかった。看護師が用意してくれた水を飲むと、少しだけ楽になった。しばらくの間、天井を見つめていると、近くにテオドアが現れた。


「ギル!」


 テオドアはギルバートの姿を見ると、安心したように息をついた。


「良かった。無事着いていたんだね。リディは?」

「処置中だ」

「まったく。あんな長距離を移動するなんて」

「ダリオは?」


 ギルバートは上体を起こした。眩暈はほとんど治っていたが、気分は悪いままだ。


「向こうで手当てしてもらってる。心配ない」

「そうか。自分の部屋へ戻る」

「ああ。僕が連れて行く。今日は何もせず安静にしていてくれ」


 懇願するようにテオドアは言った。


「エマに知らせは?」

「ギルを部屋へ送ったら知らせに行くよ」


 テオドアは、ギルバートに腕を掴ませると、移動魔法を使った。ギルバートは自室に着くと、すぐにベッドへ向かった。気分が悪かったし、誰とも話したくなかった。テオドアは何も言わずに、消えてしまった。エマのところへ行ったのだろう。

 ギルバートは五日ぶりの自分のベッドに倒れ込む。部屋は塵一つなく、完璧に掃除されていた。王太子なのだから、当たり前だ。何もかも。リディが自分の代わりに負傷したことだって。


「そんな当たり前、必要ない」


 窓の外はまだ明るい。天気の良い日だ。ギルバートは目を閉じた。





 どれくらいの間眠っていたのかは分からないが、扉の開く音でギルバートは目を覚ました。起き上がってみると、マティアスがノックもせずに入ってきていた。


「ギル、体調はどうだ?」

「問題ありません」

「父上が心配している」

「ご心配には及びません」


 ギルバートは窓の外を見た。日が傾き、空はオレンジ色に染まっている。


「ダリオも戻ってきたよ。元気そうだった」

「そうですか。安心しました」

「珍しく落ち込んでいるようだな」

「……もう少し寝ます」

「ああ、ゆっくり休みなさい。お前が無事で良かったよ」


 ギルバートは眠る気なんてなかったが、布団をかぶった。マティアスの最後の言葉に、腹が立っていた。自分が無事であるより、周囲の者が無事である方がギルバートにとっては楽だ。だから王子なんて身分はいらない。普通の人間になりたい。


 マティアスが部屋を出て行ったのを確認してから、ギルバートは起き上がった。もう体調は戻っているし、眠くなんてなかった。


「テオドア」


 頭の中で呼びかけると、テオドアが返事をした。


「来てくれ」


 すぐにテオドアはギルバートのベッドの傍に現れた。ギルバートはベッドから降り、ソファに座った。


「リディは?」

「まだ目を覚ましてないけど、どうにか峠は超えたみたいだよ。ただ、しばらくは矢に塗られていた毒の影響が続くみたいだけど」

「解毒剤はないのか」

「ああ。軽く中和することはできるけど、基本的には排毒を促す薬に頼ることになるそうだ」


 しばらく苦しむことになるだろうが、死ぬことはないだろう。ギルバートは軽く息をついた。


「そうか。それで、犯人は」

「ダリオを撃った犯人は捕らえたけど、リディの方は見つかってない。研究所で矢を解析してる」

「犯人は別の人物なのか?」

「ああ。分かっていることだけ説明する。まず、パフミーの集団。彼らは昨日、街で若い女からパフミーを貰ったそうだ。新しく交配した新生物で、ペットとして流通させたい。学校でパフミーを見せびらかしてほしい。そう言われたらしい」


 パフミーの存在を知らぬ者が、パフミーがペット用に作り出された生物だと言われて、信じてしまうのも無理はない。パフミーは派手なピンクの毛玉のような生物で、見た目だけであれば可愛いと言う人間は多い。


「ダリオに矢を放ったのも学生だった。彼は弱みを握られ、脅されていた。まあ、その弱みというのが、先日摘発した闇オークションで下働きをしていたというものだったんだけど。それでその秘密をばらされたくなかったら、中庭の噴水近くでパフミーを連れた学生がいるから、それを連行しようとする役人を射るようにと」


 パフミーは保護動物であるとともに、危険生物としても分類されている。小さく、無害に見えるパフミーは、人に慣れることがほとんどない。しかし、慣らすことさえできれば、パフミーはとても有益な生物となる。パフミーは周囲の状況を思い通りに操る能力を有している。飼い慣らしたパフミーに、飼い主の計画を理解させれば、パフミーは必ず計画を成功に導いてくれる。


「飼い慣らしたパフミーを使って、学生や学生に近づいたダリオたちを操った」

「ダリオが撃たれれば、当然、出てくると思ったんだろうな。ギル、君がね」

「狙いが俺なら、なぜ俺は無傷なんだ?パフミーがいたのに、ありえない」

「ギルにはパフミーの能力が効かなかったんじゃないか?君には」

「やはり、エルフの血が流れてるのか」

「可能性は高い。エルフにパフミーの能力は効かないし」

「そもそも、俺を狙えばいいのに、なぜ兵士を狙って矢を放った?」

「犯人は、ギルにパフミーの能力が効かないと知っていた。その上で、ギルを直接狙っても、避けられると思った。兵士を狙えば、ギルが庇いに行くと思った。完璧な計画のはずだったけど」

「リディにもパフミーの能力が効かなかった?」

「なぜかは分からないけど、おそらくね。とにかく、これが今のところ分かっていることだ」


 ギルバートは立ち上がり、椅子に放っていた上着を羽織る。


「どこへ行くつもりだい?」

「ダリオのところへ」

「……仕方ないな。掴まってくれ」


 テオドアは腕を差し出した。ギルバートがテオドアの腕を掴むと、病棟へ移動した。


「うわ、ギルバート様」


 ダリオはベッドに座り、シリルとカードで遊んでいた。


「元気そうだな」

「はい、この通りピンピンしてますよ」

「悪かった」

「なぜギルバート様が謝るのですか。不用意にパフミーに近づいた私の責任です。本当に、申し訳ございませんでした」


 ダリオはベッドに座ったまま、深々と頭を下げた。


「ダリオ、頭を上げてください。誰も、飼い慣らされたパフミーだとは考えませんでした。あなたの責任ではありませんし、ギルバート様はご無事です。何の問題もありません」


(何の問題もない、か)


 ギルバートはダリオから目を逸らした。

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