第41話 視察最終日
視察四日目は何事もなく終わり、視察最終日は、地方最大の都市にある魔術学校へ出かけた。国内で指折りの魔術学校らしく、王宮付きとなる者が多数輩出されているそうだ。
「特に、治癒魔法を専門とする者を多く育成しておりまして、毎年のように、研究所付属病棟へ就職する者や、王宮医官見習いとなる者が出ております。本校の教育の特色といたしましてはーー」
王太子一行は学長の長ったらしい話を聞きながら校内を巡った。ギルバートが学長と並んで歩き、その少し後ろにテオドア。その後ろにダリオ、リディ、シリルが横並びになって歩いていた。その後ろには兵士が数名ついてきている。ギルバートは学長の話を熱心に聞いているように見えるが、多分そう見えるだけでほとんど聞いていないだろう。
「学校とか懐かしいな」
ダリオはそう言いながらきょろきょろとそこら中を眺めていた。リディは学校になど通ったことがないし、それがバレてもまずいので、何も言わない。
「ダリオはどこ出身だっけ?」
「学院。お前の先輩だよ」
「そっか」
「リディもだよな?」
リディはぎくりと肩を震わせた。この手の話題を躱す方法をまだ身に付けていないのだ。
「いや、私は田舎の魔術学校だ」
「そうなのか。意外だな」
「都会になんて興味なかったしな」
「へえ」
ダリオはそれ以上は尋ねてこなかったため、リディは肩を撫で下ろした。しかし、ここでシリルがリディの方を見た。
「じゃあなんで派遣員になったの?」
「自分の意思じゃねえよ」
この話もどこまで話していいのか分からないため、リディが苦手とする話題だ。元違反者と知れれば、肩身の狭い思いをすることは想像に易い。リディがこれ以上何も聞くなと思っていると、テオドアがチラリと三人を振り返り、口元に人差し指を立てた。静かにしろということだろう。シリルはそれ以上何も言わなかった。
その後、一行はある教室に入った。授業中のようだが、視察が来ることは事前に知らされていたようで、一行に構わず授業は進められていた。
「こちらは、五年生のクラスでして、高度治癒魔法の理論をーー」
完全に感覚派のリディには、授業の内容など理解できなかった。そもそもリディには、治癒魔法など専門外で、簡単な治癒魔法くらいしか使えないのだが。理論派らしいシリルは興味深そうに授業に聞き入っていて、リディと同じく感覚派で治癒魔法は専門外なダリオは欠伸をしていた。
その後もいくつかの授業を見学したが、実習の授業以外は何をしているのかリディには分からなかった。
昼食を挟み、午後からは魔法医術学科以外の授業の見学をした。攻撃魔法学科や守備魔法学科など様々な学科があるようだったが、どの学科も一クラスずつしかなく、一クラスも数名ずつしか在籍者がいなかった。
「やっぱ魔法医術以外は、バーブルシェードに劣るかなあ」
「そうなんだ」
「まあ個々人ではレベルが高そうなのもちょこちょこいるけど」
ダリオはそう言ったが、リディにはよく分からなかった。そんなに突出した魔力を持つ者はいないが、平均よりは上ということだろうか。授業内容自体は大した内容でもない。授業をいくつか見学し、応接室へ戻ることになった。
その道中、中庭で学長は足を止めた。学長は、身振りを交えながら何かの説明をしていた。リディは中庭を見渡す。中庭には、ぽつぽつと学生がおり、何人かで集まって雑談したり、一人で読書をしたりしている。天気がいいなあと思っていると、シリルに服の裾を引っ張られた。
「なんだよ」
リディは小声でシリルに言った。シリルは黙ったまま、中庭の中心にある噴水のそばに集まっている学生グループを指さした。リディはそのグループをよく見た。特に変わった様子はない。中心にいる学生が、何やら変な生物が入った籠を持っていることを除けば。
「なんだあれ?」
「パフミー」
「は?」
聞き慣れない単語は聞き取りにくい。リディが聞き返していると、ダリオも気づいたらしい。
「パフミー。希少な保護動物だ。よく保護団体から密猟組織討伐の依頼が入る。まあ、下級か、せいぜい中級の仕事だからリディには関係ないだろうがな」
ダリオが小声で説明する。テオドアも気付いたようで、こちらを見ていた。
「俺が行ってこよう。こっちは頼んだぞ」
リディとシリルにそう言うと、ダリオは兵士を二人連れて学生グループに近づいていった。よくやく学長とギルバートもこちらの動きに気づき、ダリオを注視していた。学長はパフミーに気づいた途端、顔が真っ青になる。
「魔法動物についても、基本的な知識くらいは身に付けさせるべきですね」
ギルバートが学長に言うと、学長の顔はみるみる赤くなっていった。教養のないリディからすれば、知らなくても仕方ない気がするが、魔術学校に通う者なら知っていて当たり前なのだろうか。
ダリオが学生グループに話しかけたことで、楽しげだった空気は一気に凍った。学生相手だし、特に問題は起こらないだろうと、リディはダリオから目を離し、ギルバートの方を見た。学長は気を取り直して、次のスポットに向かうことにしたらしい。しかし、再び歩き出したところで、すぐに立ち止まることになった。学生の悲鳴。兵士たちが、何かを叫んでいる。振り返ると、ダリオが地面に膝をついていた。その背中から胸を矢が貫いていた。
「ダリオ!」
リディたちよりも先に、ギルバートがダリオの方へ駆け出した。
「ギルバート様!」
テオドアと兵士たちはギルバートの後を追い、捕まえようとしたが、ギルバートは魔法でダリオの側まで移動した。リディもすぐに魔法で移動する。兵士たちは走ってギルバートに追いつき、ダリオとギルバートの周りを囲った。何人かは矢を射た犯人がいるだろう方向に走っていった。
「ダリオ、大丈夫か?」
「大、丈夫です。中へ、お戻りくだ、さい」
ダリオは息も絶え絶えに言う。急所は外れているようだ。ギルバートは矢が刺さっているところに手を近づた。傷口はぽうっと淡く光り、血が止まった。校舎からは校医らしい人物が学生に連れられ、走ってきていた。
「ギルバート様、後は他の者に」
テオドアがギルバートに何か言っていたが、リディは勢いよく空を見た。飛んでくる。魔力が。
「伏せろ!!」
ギルバートの叫び声。兵士が一人、ギルバートの魔法により、体制を崩し地面に倒れた。でも、意味がない。他の者に当たる。誰かが当たらねば、他の誰かに当たる。考えるよりも先に体が動いていた。リディは兵士の方へ駆け寄ろうとするギルバートを押し除け、兵士に飛びついた。すぐに肩のあたりに衝撃があった。兵士は体勢を崩し、リディを抱える形で地面に転がった。リディの肩には激痛が走っていた。肩がどくどくと熱かった。鉄の匂いがして、視界はぼやける。ギルバートがリディの傍へかがみ込もうとしていたが、兵士たちはギルバートを校舎の中へ連れ戻そうと必死だった。ギルバートが叫んでいる。リディはそのまま目を閉じた。
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