第34話 酒屋の盗人

 森を抜けると、テオドアが地図で示した場所へ各々魔法で移動した。大した距離ではなかったため、兵士たちも皆自力で移動したが、移動魔法の使用を原則禁じられているギルバートだけはテオドアに連れられた。視察は滞りなく終わり、日が沈んだ頃に湖畔の城へ戻った。


 城に戻ると、その日のリディたちの仕事は終了し、自由に過ごすように言われた。リディとシリルはダリオに誘われ、近くの村の酒場へ行くことになった。




「どうだった?初の視察護衛は」


 ビールの泡を口の上につけたダリオはリディに聞いた。肉を頬張っていたリディは口の中にあるものを飲みこみ、ワインを一口飲んだ。


「どうって。何も起こらなかったじゃねえか」

「いつものことだ。楽でいい仕事だろう」


 ダリオの横でシリルは同意するように頷いた。


「楽だけど、面倒なことも多いだろ」

「そうか?まあ、お前は昔のギルバート様を知らんから。昔はもっと大変だった」

「そういえば、王子と随分親しいみたいだな」

「昔、ギルバート様の家庭教師をしていたからな。家庭教師と言っても、俺が教えたことなんて、城からの抜け出し方くらいだけどな」

「……よくクビにならなかったな」

「ガス抜き役だったんだよ。昔から子どもには好かれるから。ギルバート様は、今もだが、かなり自由が制限されている。手に負えないくらいヤンチャだったアレクシス様よりずっと大人しいのにな。厳しくしすぎて、魔力の暴走事件が起きた。だから、その後は適度に遊ばせてやる方針になった」

「アレクシス様は、やりたい放題だったって聞いてるけど、なんでギルバート様はあんなに厳しくされてたの?第三王子だったのに」


 黙々と食事を続けていたシリルがダリオに尋ねた。王子は自由がないものだと思っていたが、ギルバートは特にそうらしい。リディはシリルの疑問に答えられる気がした。


「自分の魔力を過信してるから」


 ダリオとシリルがリディを見た。ギルバートの危うさは、あの大きすぎる魔力が原因だろう。何があっても、自分でどうにかできると思っているから、無茶な行動をするのだ。リディは幼い頃から、シルヴィアに魔力を過信するなと叩き込まれてきた。それに、一度痛い目に遭っている。


「でも、あの王子は放任しといた方が大人しくしてそうなもんだけどな」

「うーん、どうだろうな。変なとこで大胆だからな」


 ガッシャーン


 グラスの割れる音と、男の怒号。店内の客は皆、店の奥の方を見ている。店の奥のカウンター席では、大男が二人、喧嘩をしているようだ。店員はあたふたと二人を鎮めようとしているが、あのヒョロイ店員では何もできないだろう。酔っ払いの喧嘩ほどタチの悪いものはない。関わらないのが身のためだと、リディは食事を続けようとしたが、ダリオは立ち上がっていた。


「おいおい、関わるなよ。面倒事はまっぴらだ」

「大丈夫だ」


 何が大丈夫なのか分からないが、ダリオは行ってしまった。やる気がないくせに、こういうことには首を突っ込むのかと、リディは呆れた。こうなれば何があっても他人のフリをするほかない。シリルも同じ考えのようで、何事もなかったかのように食事を続けていた。リディは肉を食べながら、横目で騒動の成り行きを見ていた。ダリオは二人の大男に負けないくらい、いや、ダリオの方が一回りくらい大きいかもしれない。二人の大男は、ダリオを見ると途端に萎縮した。大ごとにはならなさそうだ。リディは視線を料理に戻した。


「ん?」


 リディは視線を感じ、振り返ったが、誰もない。いや、魔力の弱い者には、いないように見えるのだろう。こんなに下手な幻覚魔法では、リディの目は誤魔化せない。リディのポケットに手を伸ばそうとしている男は、リディと目があったことに驚いているようだ。男は目があったのが偶然なのか、幻覚魔法が効いていないのか判断に迷っているようだった。


「こいつが盗んだに違いないんだ!」

「だから、違うと言っているだろう!」


 ダリオが仲裁しようとしている二人の声が聞こえる。あの大男の何かを盗んだ犯人は、リディの目の前で固まっているこの男だろう。リディは魔法で盗人の動きを止め、シリルを見た。シリルも状況を把握しているらしい。店を見回し、店の入り口近くで一人で飲んでいる男を指さした。


「あれ」


 指さされた男は、石化し、幻覚魔法が解ける。他の客たちは、ダリオが仲裁する大男二人に注目していて、リディやシリルがやったことには全く気づいていなかった。


「ダリオ。犯人はこいつだ」


 リディが声を張って言うと、客が全員、リディの方を見て、その視線はすぐにリディの後ろにいる小汚い盗人に移る。


「あと、そっちの石になってる奴もグル」


 リディの言葉で、客たちは石化した男に視線を移した。大男たちは、盗人二人組に今にも殴りかかりそうな勢いだったが、ダリオが止めた。


 その後、ダリオが盗人が盗んだものを持ち主に返してまわっている間に、リディは一人でワインのボトルを一本空けてしまった。後処理が終わったダリオは、盗人たちを店の外に連れ出し、店の人にもらった縄で拘束した。拘束後、石化を解かれた男は何が何だかという様子で仲間の男とリディたちを交互に見ていた。


「こいつが幻覚魔法を使って、こっちの奴を背景に同化させた。そんで、こっちの奴が店中の客の持ち物を盗んでたってわけか」

「そう」

「よく気づいたな」

「気づくだろ。あんな下手くそな魔法」

「さて、そっちの魔法使ってた方、魔法を悪事に使ったんだ。資格取消もんだよ。まあ、持ってたらの話だけど」


 男はバツの悪そうな表情のまま、何も言わない。


「やっぱり無資格者だな。めんどくせえ。ここってどこの管轄だ?」

「ドートムの管理局」


 シリルが答えると、ダリオは宙に魔法陣を描き始めた。魔法陣が完成すると、ダリオは魔法陣に向かって話し出した。


「王立研究所派遣員、ダリオ・アウロフだ。無資格者による魔法使用、および、魔法による犯罪を確認した。二人捕らえている」

「承知いたしました。該当者の移送を願います」


 魔法陣から声が聞こえ、ダリオは魔法陣を捕らえた二人の方へ移動させた。魔法陣が二人に覆い被さるような位置まで移動すると、二人は消えてしまった。


「これでよし。帰ろうか」


 ダリオがそう言ったので、リディは移動魔法を使おうとしたが、シリルに止められる。


「リディ、結構酔ってるでしょ」

「大丈夫だって。大した距離じゃないし」

「いやいや、やめとけって。着地点がズレて、森の中にでもなってみろ、あの森を守る結界に弾かれて最悪死ぬぞ」


 ダリオに脅され、リディは仕方なくシリルに連れ帰ってもらうことにした。

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