第32話 侵入者

 エマの研究室へ入っても、エマは顔も上げずにおかえりと言っただけだった。リディ以外の人間が来れば、それなりの対応をするのだろうが、ノックもせずに入ってくるのはリディだけだし、リディのことは気配で分かる。だから、顔も上げないというわけだ。


「テオドアが呼んでる」

「テオドア様が?」


 そう言いながら顔を上げたエマは、リディの姿を見て、勢いよく立ち上がった。座ってた椅子が後ろにひっくり返るくらいに。


「どうしたの?その格好!」


 まあそういう反応になるだろうなとリディは思った。全身泥まみれなのだから。研究室を汚されるのも嫌だろう。


「何とかって言う魔法生物が飼育場から逃げて、第四?薬草園を荒らした。それを捕まえる過程でその生物に泥をぶつけられた。第四薬草園は壊滅状態だったが、私ができる範囲で復元した。身なりを整えたら、傷んだ植物の手当てをしたいから、エマを呼んできて欲しいと言われた」


 強めの魔法を使って疲れていたため、リディは早口に要点をつらつらと述べた。


「身なりが整ってないわよ」

「シャワー室ってどこだよ」

「あー、そういうこと。一緒に行きましょう。手伝ってあげるわ」


 別に手伝ってほしくなどなかったが、シャワー室へは連れていってもらわなければならない。リディはエマに連れられ、シャワー室へ向かった。シャワーを浴び、魔法で汚れを落とした服を着た。魔法で髪を乾かすと、エマが櫛で髪をといた。身なりが整ったら、再び第四薬草園へ向かう。




 第四薬草園では、管理人たちが悲しげな顔で荒らされた植物たちを眺めていた。これでも大分マシになった方だが、管理人たちは最悪の状態を見ていないので仕方がない。


「エマ!」


 管理人の一人がエマに気づき、駆け寄ってきた。エマの方もなかなかショックを受けているらしい。元の状態を知らないリディには、よく分からない。


「リディは飼育場の第六区画へ行くようにって」


 管理人はリディに言ったが、リディは飼育場になど行ったことがないし、どこにあるのかも知らない。


「飼育場ってどこだよ」


 リディが言った途端、リディのすぐ横に何かが現れた。嫌な予感がして、見てみると、思った通り、テオドアが立っている。


「エマ、薬草園の方はよろしくお願いいたします」


 テオドアはエマの方に微笑みながら言うと、リディの腕を掴んで移動魔法を使った。




 到着したのは、木々が生い茂ったジャングルのような場所だった。毛むくじゃらの生物を抱えたオットーが、ギルバートと話している。オットーが抱えている生物以外にも、そこらじゅうに魔力の気配があった。ここが飼育場なのだろう。


「来たか。リディ、これを見てくれ」

「いきなりなんですか?」


 リディはテオドアに腕を引かれ、ギルバートの立っている場所まで連れて行かれた。イラッとしたが、文句を言うのも面倒だった。


 ギルバートが指し示す地面を見ると、草が刈られ、そこだけ地面が露わになっていた。そして、そのあらわになった地面には魔法陣が刻まれている。


「強制移動魔法」


 その魔法陣を踏んだものを、設定した場所へ飛ばす魔法だ。魔法陣の構造から分かるだけで、文字は読めない。おそらくエルフ文字だろう。


「行き先は第四薬草園だ」

「何のために?」


 ギルバートは首を横に振る。


「何者かが研究所内にたびたび侵入しているようだ。以前のように被害はないが、今回はこんなものを残していったらしい」


 ギルバートは魔法陣に手をかざした。魔法陣は綺麗になくなる。向こうの狙いが分からず、本当に気味が悪い。


「研究所の警備を強化しても無駄でしょうね」

「ああ。陛下に報告をあげておく。飼育員は飼育場内に異変がないか気をつけて見ておいてくれ。研究所内の見回りを増やす。上級魔法使いを当てておいてくれ」

「承知いたしました」


 ギルバートは指示だけすると消えた。執務室へ戻ったのだろう。


「リディ、私は人員の調整がありますので、しばらくギルバート様についていてください。何かあれば呼んでください」


 テオドアはそう言うとすぐに消えてしまった。リディは文句を言う相手を失い、黙ってギルバートの執務室へ行くしかなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る