第27話 最初の印象
ミーナは派遣棟の知恵の木近くの物置部屋の奥から、人が一人だけなら乗れそうな大きさの丸い石を取り出した。浮遊石そのものはやはり壊れていない。風化で角が取れて丸みを帯びているものの、十分使えそうな見た目だった。
「直せるの?」
「分からないが、やってみる」
リディはとりあえず普通に魔力を吹き込んでみた。しかし、浮遊石が魔力を溜め込むことはなかった。やはり、ギルバートが言っていたとおり、古代魔法なのか。
リディが手のひらを上に向けると、その手の中に本が現れた。暇な時に読んでいた古代魔法の本だ。浮遊石の項を開き、仕組みを確認し直す。簡単にしか書かれていないため、大部分は推測になるが、やってみる価値はあるだろう。リディは腕捲りをした。精霊に頼らない移動手段をなんとか確立したかった。まあ、リディは基本的に移動魔法を使うから、知恵の木など使っていないのだが。
その後、リディは色々なやり方を試したが、浮遊石が作動することはなかった。
「ダメみたいね」
ミーナもリディが出した本を読みながら、いろいろ案を出してくれていたが、どれも上手くいかない。
「やっぱ無理かあ」
リディはため息をつきながら言った。古代魔法は専門家でも分かっていないことが多い。素人がどうにかできる物でもないようだ。
「それ、もともと精霊が動かしてたんだよ」
声がした方を見ると、大量の本や書類を抱えたルッツが立っていた。
「あらルッツ」
「研究員がこんなとこで何してんだよ」
「僕、研究員じゃないよ。派遣員。でも、暇な時は精霊研究してる」
「あっそ」
「その浮遊石は精霊が動かしてた。この建物ができた当初から」
確かに本で読んだ印象では、古代は人間と精霊の関わりは今よりも深かった。浮遊石を精霊が動かしていたと言うのも、ありえない話ではない。それが本当であれば、この浮遊石を人の力で動かすことはできないだろう。
「この浮遊石はもう、精霊の宿る場所としては魅力がないんだよ。もう使えない」
ルッツは確信を持って言っているようだった。それなら仕方がない。リディは知恵の木に頼らなければいいだけの話だ。リディが浮遊石の上に手を翳すと、浮遊石は物置部屋の奥へ戻っていった。
「まあ、君が精霊を毛嫌いする理由も分かるけどね」
ルッツはリディとミーナが読み漁った本の中から、一冊の本を手に取り、広げた。古い本だった。
「僕も、素人が精霊をどうこうするのには反対だよ。専門家以外、手を出していい相手じゃない」
精霊を木に宿して乗り物にしたり、精霊を瓶詰めにして持ち歩く狂人がまともなことを言っている。
「でも、人間は古来から精霊と共に暮らしてきたんだ。だから、全く関わらずに生きていくことはできない。素人が直接関わらなくても済むように専門家がいる」
「まあ、そうだろうけど」
ルッツの言っていることはかなりまともだ。精霊を木に宿して乗り物にするとか、瓶詰めにするとか、研究に関しては狂っているが、ルッツ自身は狂人でもないのかも知れない。
「君みたいに精霊を毛嫌いする人はたくさんいるよ。少し前まで、国立研究所でも研究対象としては認められていなかった。でも、ギルバート様が研究所のトップになって、今まで研究対象とされてなかったものもされるようになったし、今までなら許可が出なかったようなことも、許可されるようになった。だから知恵の木が喋るようになった」
「あの不機嫌王子が許可したのかよ」
「そうだよ。ギルバート様以外だったら突っぱねられてただろうね。ギルバート様は面倒臭がりゆえに、かなり合理的な方だ。害がなければ何でもやらせてくれる」
「まあ、それはそうね。よく分からない貴族のジジイがここの実権握ってた頃なんて、本当に最悪だったもの。ギルバート様のおかげで、研究所には優秀な人材が集まるようになったわ」
「王子って人気あるんだな」
あんなに偉そうで自分勝手なギルバートを悪く言う人を見たことがないのは、王子という身分ゆえかと思っていたが、人気があってのことらしい。
「ギルバート様は思いやりがある方じゃない。そりゃ、少しやり方が強引なこともあるけど」
ギルバートが思いやりがある人間とは驚きだ。もしかしたら、二人の言っているギルバートと、リディが考えているギルバートは違う人間なのかもしれない。
「リディは最初の印象に引っ張られすぎなんじゃない?精霊のことも、ギルバート様のことも」
ルッツはそう言って笑った。普通の奴だ。精霊を木に宿して乗り物にしたとか、瓶詰めにしているとかの情報が先行して、気味の悪い奴のように思っていたが、話してみるとまともなことしか言わないし、自分がしていることが、理解を得られにくいことも分かっているようだ。
(最初の印象、か……)
「そうかもな」
もう少し、ギルバートに心を開いてやってもいいかもしれないとリディは思った。
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