第22話 王子からの呼び出し
リディは、派遣棟の自室の机に腰掛け、本を読んでいたはずだった。
しかし、いつの間にか腰掛けていた机がなくなり、立っていた。それはまだ、些細な変化に過ぎない。リディは嫌な予感がして、重たい本を開いたまま、顔を上げると、目の前にギルバートが座っていた。リディはいつの間にか、ギルバートの執務室に立っていたのだ。
「なんなんですかね。呼ばれたらちゃんと自力で来ますが?」
リディは自力でを強調して嫌味たっぷりに言った。ギルバートはいつも通り、リディの不遜な態度を気にする様子もなく、机に頬杖をついていた。
「テオドアはどうなってる?」
「知りませんよ。薬剤部がバタバタしてたってミーナが言ってたけど」
「そうか」
「そんなに気になるなら、自分で見に行けばいいだろ」
ギルバートは大袈裟にため息をついた。リディはイラッとして舌打ちをしそうになったが、なんとか堪えた。
「今は城から出れん」
「そうですか」
自業自得である。いい気味だと思うと、リディの心は少し晴れた。
「テオドアの様子と、薬剤部の様子を見てきてくれ」
「私を使いっ走りにしようってわけですか。別にそれくらいならいいですけど、それで国王陛下に目をつけられたりしないでしょうね」
「大丈夫だ」
リディはじろりとギルバートを見つめた。本当か怪しいところではあるが、テオドアの様子くらい知らせてやるかと承諾する。
「ミーナに案内してもらったと思うが、何か気になることはあるか?」
「部屋が圧迫感しかない。なんであんなに本棚で囲んであるんだ」
そう言いながら、リディは執務室を見渡した。そう言えばこの部屋も本棚に囲まれている。ここは広いからそこまでの圧迫感はない。
「嫌なら作り替えればいいだろう」
「は?」
「あの建物は様々な古代魔法がかけられてる。部屋は、主が望む形に姿を変える」
なるほど。だから、望んだ本が現れたわけかとリディは納得した。
「それだけか」
「あの木はなんですか」
「木?」
「喋る木」
「ああ、知識の木か。元々は樹齢何千年とかの古い普通の木だったんだが、浮遊石が壊れたとかで、研究員の一人が精霊を宿して浮遊石の代わりにしたらしい」
話がぶっ飛び過ぎてて、リディは眩暈がした。精霊を宿して乗り物代わりにすることを思いつくなんて、狂気でしかない。
「浮遊石ですが、壊れるわけがない」
「そうなのか」
「まず壊れるの定義だが、割れたとかではないだろ?それなら普通に魔法でくっつけりゃいいわけだし」
「機能しなくなったんだろうな」
「機能しなくなった原因は十中八九魔力切れですよ。魔力を吹き込めばいい」
「やり方が分からなかったんじゃないか?」
「やり方?」
「あの浮遊石は、研究所が建てられた時代に作られたものだ。古代魔法によって機能していた」
古代魔法となると、現在の魔法とは体系が違うはずだから、魔力を吹き込むのも難しいのかもしれない。だが、何か試してみる価値はある。リディは、精霊などという理解できない存在に頼るなど絶対に嫌だった。
「浮遊石はどこに?」
「さあ?研究所内のことはよく知らん。誰かに聞いてくれ」
「もう戻っても?」
「ああ。テオドアの件、すぐに報告に来い」
「へいへい」
リディはとりあえずエマの元へ飛んだ。エマは突然現れたリディに驚き、手に持っていた籠をひっくり返した。中に入ってた草が宙を舞う。リディは魔法で草を全て籠の中へ戻してやった。
「護衛はいいの?」
エマは籠を机の上に置きながら言う。
「テオドアと薬剤部の様子見てこいって言われた
テオドア様は昨日のまま、何にも変わらないわよ」
「そうだろうな。薬剤部ってどこ?」
「薬剤部なら私も用があるから一緒に行くわ」
そう言って、エマは机に置いたばかりの籠を持った。籠に入っているのは薬草らしい。
「失礼します。頼まれてた薬草です」
「ああ、エマ。ありがとう」
「いえ」
エマから籠を渡された男は、籠の中身を確認し始めた。
「解毒剤について聞きたいんだけど」
リディが言うと、薬草を手に、男は目を見開いた。
「エマがもう一人いる」
「妹のリディです」
「そっくりだな。双子かい?」
「ええ」
「で、解毒剤とは?」
「テオドアの解毒剤だ。王子に進捗を聞いてこいと言われた」
「そうか。うん、そうだな。嘘をついても仕方がないから、正直に言うが……芳しくない」
男は苦い顔で言った。解毒剤の調合が難しいのは分かる。しかし、薬剤部と言うからには、魔法薬のエキスパートが集まっているはずだ。それが、芳しくないとはどういうことか。それほどまでにピーキーズの毒は厄介なのだろうか。
「そんなに難しいのか?」
「難しいって言うほどじゃないんだよ。複雑だけどね。ここには魔法薬調合の専門家が何人もいる。丁寧に作れば作れるんだが、今は材料の問題が」
「何か足りないのか」
「ああ。気付の水薬に浸して、満月の光に一晩晒したポッタガの葉が必要なんだが、次の満月はほぼ一ヶ月後だ。出入りしている商人も扱っていない。投入のタイミングも最初の方だから、薬の調合をまだ始められていないんだ。ポッタガの葉を煮込み始めてから数週間はかかるってのに」
「へえ。じゃあ解毒剤作りは一ヶ月後くらいに始まるんだな」
「今のところそうだね」
「分かった。伝えておく」
リディはすぐにギルバートの執務室へ行き、解毒剤の状況について報告した。ギルバートは黙ってリディの報告を聞いていたが、リディが話し終えると、立ち上がった。ギルバートがフードをかぶる動作をすると、例の如くマントが現れた。
「どこへ行く気ですか?」
リディは思い切り嫌な顔をしながら言う。
「少し出るだけだ。すぐに戻る」
そう言って、ギルバートはリディにマントを放って寄越した。
「城から出れないんじゃなかったのかよ」
リディはマントを羽織りながらぶつぶつと文句を言った。一人で行けばいいのにとは思ったが、さすがにそれは言わなかった。
「バレなければいい」
ギルバートはリディの腕を掴むと、移動魔法を使った。
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