第20話 最悪な任務
リディはとてつもなく疲れていた。残念ながら、ここ数日は疲れていない日の方が少なかったが、特に疲れていた。
森へ行き、蛇を探し、城へ戻った。その後は、テオドアに付き添い、病室にこもっていた。正直、付き添いは必要なかったと思うが、他にやることもなく、誰も何も言いに来なかったし、エマもそこから離れようとしなかったため、リディも仕方なくそこにいた。微妙にめそめそするエマをリディなりに慰めたりしているうちに日が暮れたため、帰ってきた。結局、リディたちがいる間、ギルバートはテオドアの病室には来なかった。国王は見るからに大激怒していたため、それも無理はないのかもしれない。
「こってり絞られたかな」
リディはニヤリと笑って呟いた。その方がリディにとっては好都合だ。無駄に振り回されることは無くなるのだから。
リディは水を飲もうと、コップを手に取った。そして、コップなど見ずに、口元へ近づけた。
「リディ」
唇にコップの縁が触れた時、手元から声がした。リディは驚いて、コップを自分から離した。その勢いで、コップの水は少しこぼれた。リディがコップを見ると、水面にギルバートの顔が揺れていた。
「驚かすな」
「悪い。少し話せるか」
「はい」
リディはソファに座り直すと、コップを覗き込む。
「テオドアはどうだった?」
「見に行ってないのですか?」
「ああ。行けなかった」
「解毒剤ができるまであのままです」
「そうか」
ギルバートは表情を変えなかったが、安心したように見えた。
「エマは?」
「もう寝ましたよ」
「いや、大丈夫かと聞いているんだ」
エマは怪我すらしていないのだから、大丈夫に決まっているだろう。何を言っているのだろうか。
「自分のせいだと思ってるのか、ちょっと落ち込んではいますが、問題ありません」
「それなら良かった」
水が飲みたい。早く消えてくれないだろうか。
「別件で頼みがある」
「……」
嫌な予感がして、リディは渋い顔をした。もう面倒事はごめんだし、国王に目をつけられたくもない。研究所で働くという話も、なかったことにしてもらいたいと思っているくらいだ。
「しばらく護衛をしてもらいたい。俺が部屋を出るときだけでいい」
「なんで私が。兵士なんて他にいくらでもいるだろ」
「陛下は弟の身を案じているらしい。兵士だけではなく、上級魔法使いくらい配置せねばならんとお考えだ」
ギルバートは人事のように言った。
「私はいつから上級魔法使いになったんだ」
「さっき認定した」
「は?」
「通常、魔術学校を卒業せねば資格は得られんが、お前なら卒業試験を軽々パスできるだろう。そのため、普通魔女資格を与える。そして、等級の方は試験によって決定するが、時間もかかるし面倒だ。もう十分、お前の力は見させてもらった。文句なしで上級だ」
ギルバートは面倒くさそうに早口で言った。リディの経歴を詐称した挙句、未実施の試験結果を捏造したわけだ。
「それはさすがにまずいだろ」
「国内の魔法関連制度の最高責任者は俺だ。兄ですら、文句をつけることはできない」
なんと横暴な最高責任者だろうかと思ったものの、そんなことはリディにとってどうでもいい。リディは国の秩序を守りたいとは微塵も思っていない。
「上級魔法使いなんて、他にいるでしょう」
「他の者は兄に忠誠を誓っている。そんな忠誠心などない者の方が、こちらとしては都合がいい」
「そんなこと言って、誰かに聞かれてたらどうするつもりですか。王弟が謀反を企んでるとか噂されますよ」
「俺にそんな気概がないことくらい誰でも知ってる」
ギルバートが王宮内でどのように思われているのか気になったが、今はそんなことを言っている場合ではない。また面倒事に巻き込まれそうになっている。
「私を兄弟喧嘩に巻き込むな」
「喧嘩などしていない。とにかくそういうことだ。必要なときに呼ぶ。それ以外は研究所の自室で待機していろ」
リディが反論するよりも先にギルバートは水面から消えた。コップの水面はふるふると揺れていた。リディのコップを持つ手が怒りで震えているからだ。
何もかも最悪な方向に進んでいる。リディは田舎でひっそりのんびり気ままに一生を終えたかった。それなのにいつの間にか、毎日王宮へ通う羽目になり、それだけならまだしも、よりによって、王太子にこき使われることになっているのだ。
「嫌な奴に目をつけられたな」
リディはコップを握りしめたまま言う。怒りによる震えで、水はもうコップから溢れ、リディの手を濡らしていた。
「っていうか、研究所の自室ってどこだよ。研究所の建物に入ったことすらねえよ」
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