第18話 トイノス

 トイノスの到着地点は、町の中心にある噴水だった。森の中の水場へ出ると思っていたリディは少し驚いた。このような魔法の到着地点は、人目につかない場所にすることが多い。町の中を到着地点にするにしても、普通は町の外れにするものだ。宮殿と繋がっているとなれば、尚のことだ。


「森の中は危険だし、町にはちょうどいい水場がこれしかない」


 噴水の側で3人の到着を待っていたギルバートは、リディの考えを読み取ったように言った。


「この町へ入るのには許可証が必要で、ある程度安全が確保されていますのでご安心ください」


 後からやってきたテオドアが追加の説明をする。リディは町を見渡した。確かに、町は高い塀に覆われていて、入り口には衛兵がいる。


「なんで許可証なんか」


 無言で歩き始めたギルバートの横にテオドアが並び、その後を歩きながら、リディはエマに尋ねる。


「この町は、森の入り口に位置していて、森の保護団体の拠点や研究施設しかないの。森への立ち入り許可証がないと、入り口である町にも入れないってこと」

「なるほどな」


 少し歩くと、閉ざされた門があった。森の入り口らしい。町の入り口と同じように、衛兵が立っている。テオドアは衛兵に近づいていった。


「王立研究所の者です」


 テオドアは、懐から紙を取り出すと、それを衛兵に渡しながら言った。ギルバートはフードを被ったまま、テオドアの半歩後に立っている。衛兵はじろりとギルバートを見る。フードを被ったままの人間など、不審に思うのが当然だろう。しかし、衛兵は何も言わずに4人のために門を開いた。


「ザルかよ」

「水盆の間から来ているので、ある程度見逃されるのですよ」


 テオドアはリディの呟きに答えた。


「確かに王宮に忍び込むのは無理かもしれないけど、水盆の間以外から噴水に到着したらどうするつもりだ」

「水盆の魔法はかなり特殊なので、真似はできないでしょう。その他の方法は、この森を守る魔法でかき消されてしまいます」


 それにしても……と思いながらもリディは口を閉じた。そもそも保護対象は森だ。侵入されたら誰かが死ぬとか、国家機密が漏れるとかそういうわけでもない。ただの森に対する守りにしては厳重なのだろう。


 しばらく歩き、周りに誰もいないのを確認すると、ギルバートはフードを脱いだ。


「エマは適当に植物のサンプルを集めてくれ。研究員が何も持って帰らなければ怪しまれるからな。テオドアはエマのそばを離れるな」

「承知いたしました」


 エマとテオドアは同時に言った。エマは心配そうな顔でリディを見つめている。テオドアの方は、諦めの境地を絵に描いたような表情をしている。そんな二人を無視してギルバートは話を続けた。


「連絡用のペンダントは持っているな?」


 ギルバートはエマの方を見て尋ねる。


「はい」

「この森の中でくらいなら通じる。テオドアに何かあれば呼んでくれ。リディは俺から離れるな」


 二組はそこで別れ、ギルバートは森の奥へ向かって歩きだした。リディはギルバートの護衛という扱いなのだろう。テオドアとリディとでは、リディの方が魔力が強いため、身分差から言うと、リディがギルバートを護衛するのは当然である。しかし、この王子は大体のことは自分で対処できるだろう。それならば、エマとペアの方がよかったと思いながらも、リディは黙ってギルバートについていく。


 ギルバートはしばらく無言で歩き続けた。時折、何かを探すように植物の陰を覗き込んだり、木の上を見上げたりしていた。


 リディには、ギルバートに聞きたいことも言いたいこともあったが、何も言わなかった。ギルバートの機嫌が悪そうだというのもその理由の一つだったが、余裕がないのが一番の理由だ。ギルバートが森は危険と言っていた意味がようやく分かったのだ。普通の森なら、魔法動物や魔法植物の接近を前もって察知することは、難しいことではない。魔力の気配で分かるからだ。しかし、この森はそこら中、魔力の気配で溢れているため、危険を察知しにくい。しかも、この森には珍しい動植物が多いとエマが言っていた。もし、見たこともないような動植物に襲われ、怪我を負ってしまうと、対処法が分からない。常に気を張り続けていなければ、命を落としかねない。リディは細心の注意を払いながら進んだ。テオドアがついているとは言え、エマのことも心配だった。


 エマたちと別れてから一時間ほど経った頃、ギルバートは突然口を開いた。


「研究所へ忍び込み、薬草園や飼育場へ盗みに入ったのはエルフじゃないかと考えている」

「エルフ?」


 リディは顔を顰めた。俄には信じがたい話である。エルフが人間界に、しかも一国の中枢機関に手を出すなど、あってはならないのだから。


「夜中中監視していたが、気付かぬうちに盗まれていた。エルフ以外の仕業とは考えられない」


 ギルバートの目を掻い潜り、証拠も残さず盗み出した。それを聞いてしまうと、確かに人間ではないように思える。リディは納得ができず、頭を掻いた。エルフであれば、もっと上手くやれた気がするし、第一、わざわざ研究所から盗む理由も思いつかない。エルフの秘薬の材料は確かにどれも珍しいものではあるが、それはあくまでも人間の統治する土地においては、だ。エルフの国では、ありふれたとまではいかなくとも、簡単に手に入らないほどのものでもないはずだ。研究所へ忍び込むよりも、エルフの国の中で調達した方が遥かに簡単だろう。……待てよ。もし、星降る樹と同一犯だとしたら……ここまで考えて、リディは背中にヒヤリとしたものを感じた。


「まさか……」

「残りのエルフの秘薬の材料は?」


 リディの言葉を遮るようにギルバートは問いかけた。


「黄金の欠片」

「そうだ。金色に輝く蛇の鱗のことだが、その蛇はエルフの国を除くと、ここにしか生息していない」

「は」


 ギルバートはリディと同じ考えに至っていたようだ。そして、気でも狂ったのかと問いたくなるような行動に出ている。リディは引き攣った笑顔になった。


 本当に付き合いきれない。相手はエルフだぞ


 そんな文句も口に出せないほど、リディは怒りや呆れなどが混ざった複雑な感情に囚われた。これだから、他人と行動するのは嫌なのだ。


「王宮関係者の中から、エルフの秘薬を知る者を炙り出す目的があったのだろう」


 ギルバートは何でもないことのように言ったが、つまりは、罠だ。エルフの秘薬の材料を知っている者であれば、研究所の盗難事件からエルフの秘薬を思いつき、この森へ蛇の状態を見るために来るかもしれない。犯人が何をしたいのかはまだよく分からないが、とりあえず、確実に言えることは、こんな所へ来るべきではなかったということだ。


「それで、のこのこと罠にハマりにきたってわけか。それなら一人で来いよ」


 リディはついに悪態をついた。こんなことを王太子に言うなんて、エマがいれば殴られていただろう。しかし、そんなことはどうでもいい。ギルバートと心中するなんてまっぴらごめんだ。


「エルフ関連のことは管轄外なんだろ?ほっとけば」

「静かに」


 リディの話を遮ると、ギルバートは近くにあった低木にそっと近づいていき、軽く手を動かした。白い閃光が低木の方へ飛んでゆき、低木の下からはガサッと音がする。ギルバートは低木の側に屈むと、葉を分けた。


「運がいいな。こんなにすぐ見つかるとは思わなかった」


 ギルバートの視線の先には、金色の長い紐のようなものが落ちている。リディは近づいてよく見た。蛇だ。金色の蛇だ。ギルバートの放った魔法が命中したらしく、ピクリとも動かない。ギルバートは蛇を手に取り、観察する。


「この蛇は普通の蛇とは違い、鱗が魚のようになっている。そしてこの鱗が黄金の欠片だ」


 ギルバートは蛇を持ち上げ、リディの方に近づけた。


「鱗が剥がされている」


 蛇を見ると、鱗のないところがある。自然に剥がれたにしては、綺麗に剥がれすぎている。ギルバートの言う通り、剥がされたと考えるのが妥当だろう。


「それで?」


 蛇を蘇生させ、地面に放そうとしているギルバートの背を見下ろしながらリディは言った。蛇を放したギルバートは、立ち上がるとリディを見る。リディが何を言いたいのか分からないらしい。


「何がしたいんだ」

「売られた喧嘩を買いに来ただけだ」


 あまりにも当然のように言い放たれ、リディは呆れて言葉を失いそうになった。王族というものは、かくも自己中心的なものなのか。


「だから、それなら一人で来いよ」


 苛立ちを抑えきれず、リディは声を荒げた。


「できるならそうしていたが、護衛もつけずに外出などできるわけがないだろう」

「巻き込まれる方の身にもなれ。というか、それならあいつだけつれてきたらよかっただろ」

「一応調査の体にしておいた方が、後々面倒じゃない。エマだけ連れてきてもよかったが、サンプル採取しながら蛇を探すのは時間がかかる。二手に別れるためにはもう一人必要だった。悪かった。だが、大丈夫だ。何も起こらない」

「なんでそう言い切れるんだよ」

「用は済んだ。二人に合流する」


 ギルバートはリディを無視して言った。しかし、その声はほとんど掻き消されていた。同時に、エマからの連絡が入ったのだ。頭の中で、エマの叫ぶ声が響く。あまりのボリュームにリディは頭を押さえた。音声は途切れ途切れで、うるさいわりに何を言っているのか聞き取れない。リディだけに向かって言っているのだろう。ギルバートには聞こえていないようで、「どうした?」とでも言わんばかりにリディを見つめている。


「エマだ。何を言っているのかよく分からない」


 森にかかっている魔法で阻害されているのか、エマの声はいつまで経っても途切れ途切れのままだった。ギルバートがリディの腕を掴むと、周りの景色が渦巻いた。ギルバートの手が離れたと思ったら、エマが地面に座り込んでいた。すぐ側には、テオドアが倒れている。


「どうした?」


 ギルバートは落ち着いた様子で、テオドアの側に膝をつくと、テオドアの胸の上に自分の手を置き、呪文を唱えた。しかし、その呪文も効かないようだ。


「ネズミのような動物に噛まれたんです。私を庇って。そしてすぐに倒れて」


 エマの顔は蒼白で、声は震えている。


「どこを噛まれた?」


 エマはテオドアの手を指さした。テオドアの手には、針で刺されたような痕が二つ並んでいた。手首にはハンカチが巻かれている。毒の巡りを緩めるためにエマが巻いたのだろう。悪くない処置だが、既に倒れているため、どれくらいの効果があるのかは分からない。


 噛み跡は、注意して見ないと見逃しそうな小ささだ。小さな牙で、一瞬のうちに注ぎ込める毒など、少量だろう。しかし、エマの話によると、テオドアはすぐに倒れた。少量で即効性があるとは。かなりの猛毒なようだ。顔色は良いため、まだ死んではいなさそうだが……


「心拍は?」


 リディが尋ねると、ギルバートは首を横に振った。全く取り乱すことはない。自分に一番近い部下が死にかけているかもしれないというのに、冷たい男だ。あまりにも落ち着き払っているので、もしかしたらリディと同じことを考えているのかもしれないが。


「ネズミはなんで噛みついたんだ?ちょっかいを出したのか?」

「いいえ。どこからか突然飛ぶように現れて」

「飛ぶように……ね」


 リディは辺りを見回した。何もしていない相手に攻撃を仕掛けてきたのであれば、防衛のためではなく、捕食のためだったと考えられる。


「テオドアはそのネズミに魔法を使ったのか?」

「ああ、そういえば噛まれたとき、手元が少し光ったかもしれないわ」


 ネズミは魔法を使って撃退された。だから、獲物を置いて逃げた。しかし、毒が効くことを知っているのであれば、まだ近くに潜んで、獲物を狙っているかもしれない。


 リディは集中して感覚を研ぎ澄ませた。そこら中に魔法植物が生えているせいで容易ではなかったが、リディは近くの草に向かって素早く手を動かした。すると、ネズミのような生き物が少し飛び跳ね、その場に倒れた。


「これか」

「そう、だと思うわ」

「それなら、テオドアは仮死状態になってるだけだ。こいつを持ち帰る。解毒剤を作るのに、こいつの毒が必要だったはずだ」


 エマは、小さな箱を取り出すと、その中にネズミを近づけた。その箱は、どう見てもネズミより小さかったが、空間魔法が施されているようで、ネズミは吸い込まれるように箱の中へ入っていった。


「入り口まで戻る。掴まってくれ」


 ギルバートは片手でテオドアの腕を掴んだ。リディとエマはギルバートのもう片方の腕に軽く掴まり、森の入り口まで移動した。そこから、ギルバートはテオドアの身体を魔法で浮かせて、噴水まで戻った。


「エマ、テオドアと一緒に先に」


 エマは指示通り、テオドアの手を噴水の水に浸けた後、自分も噴水の水に触れ、二人とも消えた。ギルバートは辺りを見回している。


「どうした?」

「エルフがいる」


 気付かぬふりをしようとしていたが、リディも強い魔力の気配を感じてはいた。しかし、その気配の主は姿を現す気はなさそうだ。向こうの狙いが分からず、本当に気味が悪い。


「さっさと帰るぞ」


 潜んでいるエルフを探しに行ってしまいそうなギルバートの腕を掴み、噴水の水に手を浸けた。

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