第17話 四つ目の材料

 欠伸をしそうになるのを必死に堪える。言葉遣いも態度も悪いリディではあるが、さすがに王太子の前で欠伸をするのは気が引けたし、目の前にいるのは、いつにも増して機嫌の悪そうなギルバートである。下手をすれば、重刑も免れないかもしれない。


「つまり、エトレニシウスをあの場所へ移動させ、養分をどこかへ転送している犯人はエルフだということでしょうか」


 エマは落ち着いた様子でテオドアの話を要約した。


「ああ」


 腕を組み、脚を組み、偉そうに--実際偉いのだが--椅子に座って、一言も発さなかったギルバートが気怠げに口を開いた。リディは口をへの字に曲げる。


「犯人を探すとか言わないでしょうね」

「エルフなど人間に見つけられるわけがない」


 リディが唸るように言うと、ギルバートは吐き捨てるように返した。二日酔いにでもなったのだろうか。


「よくご存知で」

「魔力の転送先は、エルフの国との辺境地帯だ。通称、迷いの森」

「エルフ以外の種族は一度迷い込むと、自力では出られないと言われていますね」


 ピンとこない顔をしていたリディとエマにテオドアは説明した。そんな場所に、当然行けるはずもない。リディはどうするつもりだろうかとギルバートを見た。すると、目が半分くらいしか開いていない気怠げな顔が目に入った。だるそうな手つきで机の上の書類の山をペラペラとめくっている。


「犯人がエルフとなると、陛下にご報告するのみだ。管轄外の仕事までやってられない」


 頬杖をつき、書類をめくる手を止めずに、ギルバートはため息をつくような調子で言う。


「ということなので、この件についてのお二人の調査もここで終了となります。今日からは他の」

「今日はトイノスへ視察に行く」


 ある書類で手を止めたギルバートは、それを書類の山から引き抜き、テオドアに差し出しながら言った。


「は?」


 テオドアは、ギルバートに差し出された書類を受け取ろうともせずにその場に固まる。


「今日は何もしたくない」


 リディが知る限り、崩れたことのなかったテオドアの微笑みが、引き攣っていた。


「視察に行くには、手続きが」

「どうにかしてくれ」

「せめて明日」

「今日行く。すぐに戻る」

「すぐに戻るとかそう言う問題では」

「どういう問題がある?」

「まず人員の手配が」

「この四人で行く」

「護衛もつけずに行けるわけが」

「俺やリディより腕の立つ者がいるのか」


 二人は言い合いを続けていたが、リディはふと目に入った書類を手を伸ばした。エマはそれに気づくと、リディを止めたが、リディはもう書類に書かれている内容を読んでしまっていた。書類は、第三飼育場からウェンデルガーの角が盗まれた旨が記された報告書だった。


「ウェンデルガーってなんだ?」

「土中に生息する生き物ですよ」


 言い合いを中断して、テオドアは説明した。


「角は宝石みたいなやつか?」

「宝石?いえ、宝石というには程遠く、硬質ではありますが褐色の小石のようなものです」

「磨けば表面層が剥がれ、青から緑の透明度の高い宝石のようになる」


 ギルバートはすかさず言った。テオドアは驚いた顔でギルバートを見た。ギルバートは何かを試すような顔でリディを見つめている。先ほどまでよりは精気のある目をしていた。


「大地の宝石」


 リディの呟きに、ギルバートは満足そうに頷いた。


「エルフの秘薬についてどこまで知っている?」


 ギルバートは静かに尋ねた。テオドアは話についてこれていないようで、ギルバートとリディを交互に見ている。


「材料と概要だけ」

「なぜ知っている?」

「封じられていた記憶を掘り起こしました。完全には思い出せなかったし、どこでこれを知ったのかも分かりませんが」

「そうか」


 ギルバートは立ち上がると、扉の方へ歩き出した。


「来い」


 横目でリディたちを見ながら言うと、扉に手をかけた。


「どこへ」


 テオドアの問いにも答えず、ギルバートは執務室を出る。テオドアはギルバートを追いかけながら何か言い続けていたが、ギルバートはそれを完全に無視していた。リディとエマは顔を見合わせ、二人を追いかけた。


「トイノスって何だ?」


 歩きながらリディはエマに尋ねた。リディは地理にはあまり詳しくない。学校に通ったこともないため、教養がないのだ。


「王都から南東へ行ったところにある大きな森がある地区よ。その森には、珍しい魔法生物がたくさん生息していて、その死骸が土に還って魔力を含んだ土壌ができる。だから、多種多様な魔法植物の植生地でもあるの。生物学者や植物学者が一度は訪れたいと熱望する森よ」


 説明するエマの目が輝いていた。エマはともかく、なぜリディまでそんなところへ連れて行かれなければならないのかよく分からない。しかし、機嫌が悪そうなギルバートにいちいち突っかかる気にもなれない。文句を言えと言われれば、いくらでも出てくるが、ギルバートに逆らったところでどうにもならないことは分かりきっている。


 ギルバートは水盆の間へ入ると、左右の手をそれぞれの耳の横あたりに持っていき、何かを被るような動作をした。すると、いつのまにかギルバートはマントを着ていて、マントのフードはすっぽりと頭を覆っていた。水盆の前まで行くと、トイノスと言った。そして、テオドアが止める間も無く、水盆の水に触れ、消えてしまった。テオドアはというと、数分の間に、驚くほど老けて見えるようになっていた。いけ好かない奴だと思っていたが、リディはテオドアに少しは優しくしてやろうと考えた。


 テオドアが諦めたように、マントを着る動作をすると、いつの間にかマントを着ていた。テオドアがエマとリディに向かって手を払うように振ると、二人はいつの間にかマントを着ていた。王家の紋章と思われるものが、左胸のあたりに刺繍されている。


「向こうではギルバート様や私の名を口にしないようにしてください。また、我々の身分が悟られるような行動もお控えください」

「承知しました」


 エマは言い、リディの方も頷いた。とりあえず、あまり口を開かないようにすれば良いだろう。


「お先にどうぞ」


 テオドアがそう言ったので、リディとエマは同時に水に触れ、トイノスへ移動した。

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