第16話 王子の謎

 時計を見て、ため息を吐く。仕事はまだ残っているが、今日はもう切り上げよう。ギルバートは執務室を出た。廊下の灯りは落とされていて、薄暗い。


 どうしようもなく疲れていた。エルフの呪文など使うハメになったからだ。早く部屋へ戻って寝よう。そんなことを考えていた時、ギルバートは立ち止まった。何か違和感を覚えたのだ。ギルバートは急足で、違和感の元を探した。


「おお、ギル。こんなところでどうした?」


 顔を上げると、前方にマティアスがいた。


「兄様こそ、こんな時間まで何を?」

「商人と話し込んでしまった。最近出入りするようになった者が面白い男でな」

「そう、ですか」

「心配せずとも仕事はちゃんとしているよ」

「それは分かっています。ああ、ついでに兄様に教えていただきたいことがあるのですが」


 ギルバートはちょうど良いと思い、たった今思い出したかのように言った。


「なんだ?」

「私は何者でしょうか」


 幼い頃から、ずっと疑問に思っていた。何度父に尋ねても、私の息子だとしか言わない。母親は誰かと尋ねても、亡き王妃だと言う。そんなはずがないのだ。生まれながらにして、エルフしか知らないことを知っている。エルフにしか出来ないことをすることができる。ただの人間のはずがない。


「いきなりどうしたんだ?お前は私の弟だ」


 間違いなく、マティアスはギルバートの出生の秘密を知っている。しかし、父と同じで、それを伝える気はないらしい。どう返そうかと思案する。しかし、良い返しも思いつかない。疲れ切っていた。


「ギル?」


 もう眠くて頭が回らない。ギルバートは諦めて口を開く。


「何でもありません。部屋に戻ります」

「ああ。おやすみ」


 マティアスは少し笑って、歩いて行った。ギルバートはマティアスの後ろ姿を見つめながら立ち尽くした。いつの間にかマティアスの姿が見えなくなっていたが、そのままぼうっとしていた。考えがまとまらない。イライラする。


「どうされました?」


 どのくらいの間立ち尽くしていたのか、振り返るとすぐ後ろにテオドアが立っていた。


「何でもない。エマから連絡は?」

「ありません。問題ないようです」

「そうか。それならいい」


 ギルバートはそっけなく言うと、部屋へ戻ろうと歩き始めた。


「これからお部屋へお邪魔しても?」

「ああ」


 テオドアの用件は分かりきっている。しかし、自分でもどう説明していいものか分からない。ギルバート自身、誰かに説明してもらいたい事柄なのだ。


「さっきの話だけど」


 部屋へ入るなり、テオドアは切り出した。


「ああ。口外するなよ」

「分かってる。エマとリディにもそう伝えた」


 ギルバートは軽く頷くと、ソファに腰掛けた。


「生まれた時からエルフ語を知っている。他にもエルフが生まれつき使える魔法を知ってる。……父上も兄様も何も教えてくれないが、俺は王家の人間ではないだろう」


 ギルバートは自分でわかっていることだけを口にした。自分のことなのに、たったこれだけしか分かっていないなんて、やはり腹立たしい思いがあった。


「長い付き合いで、こんなに重大なことをこんなにいきなり知ることになるなんて思わなかった」


 特に驚いた様子もなく、いつもの調子でテオドアは言う。エルフ関連のことはともかく、ギルバートが前国王の子ではないことには薄々気づいていたのかもしれない。


「まあ、これで犯人がエルフだと分かった」

「なんで?」


 当然のように尋ねるテオドアに、ギルバートは驚いた。テオドアが分かっていてわざと尋ねたのかと思うほどだったが、彼の顔を見る限り、そうでもないらしい。テオドアの質問に対する答えは、ギルバートにとっては当たり前のことだったが、他の人にとってはそうでもないようだ。


「エルフの言語や魔法は他種族には使えない」

「そうなのか。知らなかった」


 テオドアは感心したように言った。当たり前のように知っていることに、そんな反応を示されるのはなんだか変な気分だ。


「なら何でギルは使える?」

「エルフの血が流れてるんだろう」


 予想外の答えだったようで、テオドアは眉間に皺を寄せた。


「いや、そんな……ギルの魔力が強いといっても、人間にしてはってくらいで、エルフには及ばない。歳も普通にとってるし、外見的特徴も当てはまらない」

「半分か四番の一程度なら?親かその親の誰かがエルフ」

「なるほどね。そんな例は聞いたことがないけど、あり得なくはないのか」


 全ては憶測でしかないため、ギルバート何も言わずに天井を見上げた。自分の正体を知るために、人間にしては魔力が強すぎる者を探していた。やっと見つけたリディは結局何の手がかりにもならなかった。エルフ語も知らなければ、エルフにとっての常識も知らない。出生についても、セルヴェ家の出で間違いないだろう。彼女は人間だ。


 しかし、思わぬところで希望も見えた。リディの育ての親であるシルヴィアだ。話を聞く限り、彼女は間違いなくエルフの血をひいている。問題はシルヴィア・フォレが行方不明なことだ。


 これ以上、自分が何者かについて考えるのは嫌だったため、ギルバートは話題を変えることにした。


「それより、新しい商人はどんな男だ?」

「新しい商人?」

「先程まで兄様に謁見していた者だ」

「ああ、彼か。気の良い青年だよ。少し前まで彼の父親が来ていたけど、体調を崩したらしく、代わりに来るようになったんだ。彼の曾祖父の代から御用達だったから、怪しくはないよ」

「そうか」

「急にどうしたんだい?今まで商人に興味を持ったことなんて無かったじゃないか」

「少し気になった」


 テオドアは不思議そうな顔をしていたが、ギルバートはそれ以上何も言わなかった。


「次来た時にでも会うかい?」

「ああ、そうだな」


 商人たちがどれくらいの頻度で出入りしているのかは知らないが、機会があるのであれば、直接会ってしまった方が早いだろう。


「明日はどうする?二人にはまた調査に?」

「いや、もういい。異変の有無くらいなら、他の者でも問題はないだろう。下級・中級魔術師を数人派遣してくれ。二人には、別件を」

「承知いたしました」


 テオドアは部屋を出ていき、ギルバート窓の外を眺めた。雲一つなく、星が輝いている。そういえば、エトレシニウスの実物を見たことはない。聞くところによると、実が落ちる様は、本物の星空よりも美しい光景らしい。まるで、星空の中にいるような気分になれると。そんな最後で逝けるのであれば悪くないのかもしれない。


 ギルバートは頬杖をつき、そのまま重たい瞼を閉じた。翌朝、身体中が痛かったことは言うまでもない。

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