第14話 森の調査

 テオドアは二人をある部屋まで案内した。あまり広さはなく、部屋の中央に大きな水盆があるだけの部屋だ。テオドアは水盆の横に立ち、二人の方を向いた。


「こちらは水盆の間です。この水盆には少々特殊な魔法がかけられておりまして。どちらへ向かいますか?」

「まずはゴルトバの森だな」

「ゴルトバの森」


 テオドアはそう言いながら水盆に張られた水の表面を指で撫でた。すると、水面に樹々が映る。


「水に身体の一部を浸ければ、魔力消費なしに移動できます。魔力がない人でも使用できます」

「どこへでも行けるのか?」

「いえ、ギルバート様管轄の主要地だけです。今回の調査対象は全てこれで移動できます」

「帰りは?」

「到着地点、池や湖、街であれば噴水などの水場ですが、そこへ身体の一部を浸けるだけです。ただし、到着した場所から、そこへ到着した人しか帰れませんのでご注意ください」

「分かった」

「ああ、そうだ」


 テオドアは何かを思い出したようで、軽く手を叩くと、上着の内ポケットから何かを取り出した。


「こちらをお持ちください」

 テオドアは高そうな装丁の手帳のようなものをリディに手渡した。


「なんだこれ」

「地図です。調査していただきたい場所や、到着地点の水場に印をつけております。あと、何か知りたいことがあれば、問いかけると表示されます」


 リディは手帳を開いた。中にはゴルトバの森周辺の地図が描かれていた。


「任務完了と言えば次の場所の地図が現れます。それでは、お気をつけて」


 リディは水に手を入れた。移動魔法特有の渦巻く感覚は全くなく、いつの間にか先ほどまで水盆に映されていた景色の中に立っていた。特殊な魔法と言うのも頷ける。すぐにエマもリディの横に到着した。背後にある小さな池には、テオドアの顔が写っていたが、それもすぐに消えた。


「さーて、樹を見にいくか」

「そうね」


 星降る樹のあった場所は、魔力の気配が微かに残っていたため、すぐに分かったが、道中、エマが珍しい植物に足を止めるため、辿り着くまでには時間がかかった。


「ったく。こんな調子でやってたらいつまで経っても終わらねえよ」


 リディはぶつぶつ文句を言いながら、宙に魔法陣を描いた。


「ごめんね。初めて見る植物も沢山あったからつい。でも、お仕事中だし、我慢するわ」


 魔法陣を描き上げると灰となっていた樹の残骸は数日前の姿に見た目は戻った。実際に戻ったわけではなく、復元された幻影だが、調査に差し支えはないだろう。


「やっぱり北方のものね。葉先が薄紫になってる」


 リディは樹の周りを歩き、消された魔法痕を探した。魔法痕を見つけると、そこへしゃがみ込んだ。樹の根元に、うっすらと魔力の気配がある。リディはそこを指でなぞる。


「うーん」

「どうしたの?」

「魔法痕の隠し方がなあ。上手いんだか下手なんだか」

「どういうこと?」

「やり方は複雑で、腕の立つ魔法使いって感じだけど、下手なんだよな。魔力の気配が残ってるし、完全に技術不足」

「ふーん。よく分からないけど」

「これなら、もっと簡単なやり方でうまくやった方が綺麗に消えたはずだ」


 樹の根元に手を当て、呪文を唱えると、魔法陣が浮き上がった。


「?」


 魔法陣を見つめ、眉間に皺を寄せる。エマはいそいそと樹の観察をしていた。


「この辺りの国の文字じゃないな……魔法自体はこの辺りのものだ……」


 この字、どこかで見たことがある気はする。


 記憶を探り、どこで見たのかを思い出そうとした。随分前に見た気がする。どこで見たのか。


「リディ、この樹、おかしいわよ」


 随分前だ。まだ、エマと出会っていなかった頃。


「リディったら」

「今考えてるんだ。邪魔すんな」

「でも、この樹、おかしいのよ!」


 どこで見た?読むことも書くこともできないこの字を。


「リディ!」

「うるっせえな!なんだよ!」

「この樹、犠牲者の数の割に、明らかに小さいのよ」

「個体差だろ」

「いいえ。普通は数人分で、これくらいの大きさよ。この樹はざっと見た感じでも二十人は取り込んでる。この樹の数倍大きいはずなのよ。個体差どころの話じゃないわ」


 リディは顔を顰める。エマがここまで言い切るのだから、エマの言う通り、おかしいのだろうが、そんなことを言われてもどうすることもできない。第一、この木がどのようなメカニズムで成長していくのかも、リディには分からないのだ。


「この樹が小さくなる要因は?」

「養分の量によって決まるの。つまり、犠牲者の数に樹の大きさは比例する。犠牲者がこんなにいるのに、養分はどこへ消えたのかって話よ」

「なるほどな」


 リディは魔法陣に目を落とし、眉間の皺を均すように眉間を人差し指でコツコツと叩いた。


「この魔法痕はフェイクか」

「え?」

「いや、フェイクって言っても、完全なフェイクじゃない。実際に移転魔法は使われてるが、消し方の方だ。わざと雑に消して、他の魔力の気配を隠そうとしてる」


 リディは立ち上がり、目を閉じた。集中して、魔力の気配を探る。すぐには見つけられなかったが、微かな気配を察知すると、そちらへ近づいた。巧妙に隠された気配の元を探すのは難しかった。


「ここか」


 リディは少し屈み、樹に手を当てた。すると、突然その部分が光り、リディの手は弾かれた。


「痛っ」


 リディは弾かれた手をさする。


「大丈夫!?」


 エマはリディの手首を掴んだ。


「大丈夫だよ。離せ」

「大丈夫じゃないじゃない!」


 リディの手は赤く腫れていた。痛みもある。が、これくらいの傷は慣れている。


「これくらい大丈夫だって」


 リディはエマの手を振り払い、もう一度樹に触れた。先ほどより魔力を込める。少しずつ魔法陣が浮かび上がってきた。こちらも、移転魔法と同じで文字は読めないが、魔法自体はこの辺りのものだ。魔法陣を読み解くと、リディは頷く。文字が読めないため確かなことは言えないが、魔法の構造と、エマが先ほど言っていたことを合わせると、容易に予想はできる。


「養分がどっかに転送されてるな」


 念入りに隠された魔法に、それを暴かれないための高度な防御魔法。かなり高い技術を持った者の仕業だ。何が目的かは分からないが、不穏なものを感じる。リディはポケットから紙切れを取り出すと、それで魔法陣を覆った。紙には魔法陣が転写され、すぐに消えた。


「一応、あっちのも写しとくか」


 リディはそう呟くと、移転魔法の魔法陣も同じように紙に転写した。


「リディ、そこへ座って。手を見せて」


 姿が見えないと思っていたエマは、どこからか大量の草を抱えて戻ってきた。エマは草を足元に置くと、リディの肩を掴み、無理やりその場に座らせた。


「大丈夫だって言ってんだろ」

「だめよ!痕が残ったらどうするの」

 エマは応急処置だと言って、どこからか採ってきた草を石で潰して、腫れたリディの手にそれを押し当て、その上から包帯を巻いた。


「ダダリアは魔法による傷全般の応急処置に使えるし、結構いろんな場所に生えてるから覚えておいた方がいいわよ。まあ、根本的な解決にはならないし、少し放置して酷くなった傷には使えないけど。はい、できた。他は大丈夫?」

「大丈夫だ」


 リディは立ち上がると、スカートを払った。


「で、その大量の草はどうするんだ?」

「研究用に持って帰りたいんだけど」


 エマは媚びるように言う。リディはため息をつくと、宙に指で魔法陣を描き始めた。


「家でいいか?」

「研究所の私の研究室には無理?」

「行ったことのない場所は無理だ」

「じゃあ家でいいわよ」


 リディが魔法陣を描き終えると、魔法陣はエマが採ってきた草に重なり、魔法陣も草も消えてなくなった。


「ゴルトバの森はこれくらいでいいだろ。次の場所へ行こう」


 二人は到着地点の池から水盆の間へ戻り、リディはテオドアから渡された手帳を開いた。任務完了と言うと、ゴルトバの森周辺の地図は消え、次の目的地の地図が浮かび上がってきた。

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