第11話 封印された記憶
帰宅してからというもの、エマは慌ただしく動き回っていた。軽い昼食を済ませると、温室の植物を見に行き、食材を買いに出かけ、家中の掃除を始めた。家の中が埃っぽいとかなんとか言い、家中の窓が開けられた。
リディは強い意志で、リビングのソファから動かない。動き回るエマのことが気にならないと言えば嘘になるが、魔法でどうにかしてやると言ったところで、断られるのは目に見えている。リディは行儀悪く、ソファに寝そべり、脚を組んだ。ぶらぶらさせた足先を見つめ、口を尖らせる。
「星降る樹……氷の花……」
リディは呟いた。どちらも見た目だけで何の役にも立たない。星降る樹に至っては、害しかない。氷の花の根は魔法薬の材料になるが、氷の花自体は鑑賞用にしかならない。それに、氷の花の成長を止めると、根の方はなんの役にも立たなくなってしまう。栽培が難しい上に、適切なタイミングで成長を止めなければならないため、観賞用の氷の花は確かに高価ではあるが、厳重に警備されている王立研究所にわざわざ忍び込んでまで盗むのは割りに合わないだろう。
「星降る樹……氷の花……この組み合わせ、どっかで聞いたことあるんだよな」
しかし、何も思い出せない。まるで、記憶に霧がかかったようだ。
「リディったら!」
顔を上げると、目の前にエマの顔があった。
「何?」
「何?じゃないわよ!ずっと呼んでたのよ!」
「ごめんごめん。で、何?」
「ご飯できたわよ」
リディは起き上がり、近くの時計を見た。
「もうそんな時間か」
そう言いながら窓の方を見る。いつの間にか外は暗くなっていた。リディは立ち上がり、エマとともにキッチンへ向かった。
「前にもこんなことあったなあ」
リディは食卓につき、エマが鍋からスープを掬い上げるのを見ていた。エマは皿にスープを入れると、リディの前に置く。
「どんなこと?」
エマはリディの脈絡のない独り言にも慣れている。自分の分のスープもよそうと、エマも食卓についた。
「絶対に知っていることなのに、思い出せない」
「たまにそういうこともあるわよね」
エマはスープの具をスプーンで掬いながら言う。
「違う。そういうのじゃない。多分魔法だ。封じられてる」
「誰に?」
エマはいつも話の詳細は聞かない。リディが何について考えているのかくらい、聞かなくても分かるのだ。だから、リディの唐突な独り言の相手をして、リディの考えをまとめる手伝いをする。
「解こうとしても解けないんだから、あのババアくらいしか」
「シルヴィアさんが、意味もなく記憶を封じるかしら?思い出してはいけないことなんじゃないの?」
「そうだけど、多分思い出さないといけない」
「どうして?」
「嫌な予感がする」
「うーん、リディのそういうのは当たるのよね。ギルバート様になら解けるかも」
「無理だな。あいつは私と同じくらいの魔力しかない。シルヴィアの魔力は比べ物にならないくらい強い」
「じゃあ、シルヴィアさんに手紙を」
「どこにいるか分からん奴にどうやって送るつもりだ?」
「魔法でどうにかならないの?」
「無理だ。ババアが家を出てから何度も呼びかけてるが、返答があった試しがない」
「じゃあ、どうしようもないじゃない」
「ひとつだけ方法はあるにはあるが」
「どうするの?」
「あー、でも薬を作るには材料が足りないな。睡眠を深くする作用のある植物はないか?」
「タラブラの葉を燻せば多少は」
「とりあえず試してみる」
「睡眠を深くしてどうするの?」
「封印されているだけで、消されているわけじゃない記憶は、解こうとしても解けないけど、無我状態で夢に出てくることがある。厳重に仕舞い込まれた記憶ほど、深い眠りによって表層に出てくる可能性が高い」
「じゃあ封印の魔法ってあまり意味ないのね」
「いや、意味はある。深い眠りについたからと言って、狙った通りの夢を見れるわけでもないし、深い眠りのときに見た夢は起きた時覚えていることはないからな」
「じゃあ運良く夢を見れても意味がないじゃない」
「夢を記憶に留めておく魔法ならある。かなり高度な魔法で、使える人間がほとんどいない。上手くいっても、覚醒後しばらくは錯乱するし、最悪の場合は記憶障害が起きることもある」
エマは眉間にシワを寄せた。
「そんな危険なことをするつもり?そこまでして思い出さないといけないの?」
「心配すんな。何かあったら、王子がどうにかしてくれるだろ」
「何言ってるのよ!リディに何かあったら、王都に行くことすら」
「監視されてる」
「え?」
「この家、監視されてるんだよ。異変があればすぐに誰か来るだろ」
エマは部屋をぐるりと見回し、ため息をついた。
「逃すつもりはないってことね。逃げるつもりだってないけど」
リディはスプーンを手に取って、スープを食べはじめた。久しぶりに食べるエマの料理は美味しかった。
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