第9話 災厄の双子

 何も悲しむ必要はないと母は言った。リディ自身も、悲しいことなど何もなかった。ただ、いつも何かが欠けている気がしていた。それが満たされたのは、数年前だった。


「……ディ!リディったら!」


 身体を大きく揺さぶられ、目を覚ました。エマの顔が見える。エマに起こされるのは久しぶりだ。眩しいし、エマの向こうには見覚えのない天蓋がある。リディはもぞもぞと起き上がり、こめかみを押さえた。


「頭が痛い」


 昨日、魔力を使いすぎたせいだろう。リディは常にリミッターをかけた状態で魔法を使う。そうしなければ、このように頭が痛くなるし、万が一、力が暴走した時に抑えられる人間がほぼいないからだ。それにしても、ギルバートは強大な魔力を持っているらしい。今までに、リディの本気を抑えることができたのは母だけだった。


「大丈夫?薬貰えるかしら?」

「すぐ治る。薬なんか効かない」


 エマはすでに身支度を済ませていた。リディは無駄に心地が良いベッドから出られる気がしない。リディがベッドに倒れようとすると、エマが止める。


「起きて!テオドア様がお待ちなのよ!?」


 リディは重たい頭をなんとか持ち上げると、エマに急かされながら渋々身支度を始めた。



 執務室は昨日とは違う雰囲気なっていた。事務机の前の空間が広がり、向かい合ってソファが二つ、その間にローテーブルが置かれている。空間魔法で部屋を広げたのだろう。


「座れ」


 ソファに座って、書類を読んでいたギルバートは、書類をテーブルに放るように置く。テオドアは、エマとリディをギルバートの向かいのソファへ誘導した。


「君が王都にいることができない理由を聞こうか」


 ギルバートはリディに向かって言った。リディはエマを見る。


「私から説明させてください」


 エマが言うと、ギルバートはどうでもよさそうに頷いた。


「昨日、テオドア様がお調べになられたようなので、ご存知かとは思いますが、私たちはセルヴェ家に生まれました。私の元の名前はローズマリー・セルヴェと申します」


 ギルバートは何も言わず、そのまま続けろと言うように、軽く頷いた。


「セルヴェ家には代々言い伝えがあります。双子の女の子が生まれると、その片方は強大な魔力を持ち、セルヴェ家に禍をもたらすというものです。実際、何代も昔に言い伝え通りのことが起きたそうです。そして、リディは言い伝え通り、強大な魔力を待って生まれました」


 ギルバートはまた黙って頷き、エマはそのまま話を続けた。


「セルヴェ伯爵はすっかり怯え、使用人にリディを殺すよう命じました。しかし、セルヴェ伯爵夫人は使用人と口裏を合わせ、伯爵に気づかれぬよう、弟であるドグナー氏にリディを託しました。ドグナー氏は、自分でリディを育てることも考えましたが、それは王都にいては叶わないことでした。伯爵に気づかれれば殺されてしまうからです。そんなとき、一人の魔女がドグナー氏のもとを訪ねました。その魔女は、リディがいつか、自分の魔力を制御できなくなる日が来ると言いました。そして、自分ならリディに魔力の扱い方を教えることができるし、暴走しても、抑えることができる。そう言ってリディを引き取ったそうです」

「その魔女は……いや、いい。とりあえず最後まで聞こう」

「リディはその魔女に育てられました。私はセルヴェ家で、リディのことなど何も聞かされずに育ちました。しかし、私はずっと何かが欠けている気がしていました。それはリディも同じだったと聞いています。私は学校を卒業した日、母に言いました。私には妹がいるはずだと。母は驚いていましたが、父には内緒だと言って、この話をしてくれました。その晩、私は黙って家を出ました。私たちは双子だからでしょうか。互いのいる場所が、なんとなく分かるのです。私はリディを探しました。しばらく歩き続け、たまに旅人の馬や、商人の馬車に乗せてもらいながら、マイユールの村へ辿り着きました。村の入り口には、リディが待っていました。私たちは一緒に暮らすことにし、ドグナー氏に手紙を送ったのです。すると、ドグナー氏はなんとかするから、今後二度と王都に来てはいけないと手紙を寄越したのです」

「よく家族に見つからなかったな。魔法使いを雇えば、見つかりそうなものだが」

「見つからないよう、名を変えたのです。リディの育ての親は、私が来ることを知っていました。だから、誰にも見つからない魔法をかけた名を用意してくれていたのです」


 ギルバートはエマを見つめ、何やら考え込んでいる様子だったが、すぐに後ろに控えているテオドアに何か耳打ちした。テオドアはそのまま部屋を出て行った。


「それで、君たちの母君、シルヴィア・フォレについて聞きたいのだが……何者だ?」


 ギルバートは途中で面倒になったのだろう。様々な言葉を省いて、一言で言った。ひどく曖昧ではあるが、簡潔な質問だった。おそらく戸籍を調べられたのだろうから、そういう質問をされるとは予測していた。


 しばらく沈黙が続いた。リディがぼーっとシルヴィアについて思い出していると、エマが沈黙を破った。


「えっと……私は、直接お会いしたことがないので」


 エマはそう言ってリディの方を見た。そこで初めてリディはエマがシルヴィアに会ったことがないことを思い出した。


「とんでもなく強い魔女です」

「シルヴィアは百歳を超えているようだがまだ生きてるのか?」

「生きてる、はずです。エマがマイユールへ来る数年前に、仕事で遠出すると言って出て行ったきり帰りません」


 ギルバートは怪訝な顔をした。


「歳も歳だ。出先で亡くなったと考える方が自然だろう」

「月に一度くらい手紙が来ます。間違いなくシルヴィアの筆跡で。あと、シルヴィアは百超えた婆さんには到底見えません。誰が見ても二十そこらの女だと言うでしょう。村の人間によると、何十年も同じ姿らしいです」

「……エルフの血縁者か?」

「さあ?シルヴィアは自分のことをあまり話しませんので。私も特に聞かなかった。それで、私たちはこれからどうなるんですか?」

「王立研究所に所属してもらう」


 ギルバートは涼しい顔で言う。本当に話を聞いていたのか怪しいところだ。


「エマはともかく、私は」

「マイユールから通えばいい。到着点を研究所内にしたら、城下町に出る必要もない。君なら移動魔法の術式を仕込むくらいできるだろう」


 確かに、出発点と到着点が毎回同じなら、術式で自動化できるし、たいした魔力も使わない。城下町へ出なくて済むなら、誰に見つかることもないだろう。それに、エマはここで働く方が楽しいに決まっている。誰かの命令に従って働くのは気が進まないが、他にどうしようも無いことは分かりきっていた。


「話は終わりだ。ドグナー判事の不正が公になってもいいなら逃げればいい」


 ギルバートは立ち上がり、事務机の方へ戻ると仕事を始めた。


「では、術式を仕込みに行きましょうか」


 いつの間にか戻ってきていたテオドアが、にっこりと笑ってリディに言った。

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